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阿部真央の歌詞は、嘘をつかない――<阿部真央考>静かに拡散し続ける秘密を探る/コラム

4/3(月) 13:45配信

エキサイトミュージック

■阿部真央/Album『Babe.』発売記念特別企画

阿部真央の7枚目となるアルバム『Babe.』がリリースされた。前作『おっぱじめ!』から約2年の間に、阿部は結婚や出産などの、人として女性としての大イベントを経験。生き様が歌に直結するソングライター、阿部真央の新作を音楽ファンならば心待ちにするだろう。だが、コアな音楽ファンに留まらない不思議な響き方をするアーティストで、様々な聴き手に受け止められていることが分かってきた。ややもするとその存在すら知らないような中学生女子が、阿部の曲を元に振り付けたダンスを動画投稿アプリにせっせとアップ。かと思えば、50代男性が彼女のバラードを熱唱したりもしているという。地上波テレビには滅多に顔を出さず、前述のような層との接点が少ない阿部真央が、なぜ……。それを探るべく、様々な媒体で日々膨大な楽曲とユーザーをつないでいる現場の声を傾聴することにした。
(取材・文/橘川有子)

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【MixChannelの場合】
「MixChannel」は女子中高生の3人中2人が使うという、10代に絶大な人気動画投稿アプリだ。そもそも、流行に敏感なユーザーが多いことでも知られ、ピコ太郎「PPAP」のミュージックビデオにいち早く反応して盛り上がったのがここのユーザーだった。あのジャスティン・ビーバーより2週間も早かったことからもそれは裏付けられる。

トレンドを捉えるのに長けたユーザーが、2年間ほぼ動きがなかった阿部真央とリンクしているのはなんとも不可思議だが、「歌詞の素晴らしさが、世代差をも凌駕する」と「MixChannel」を運営する株式会社Donutsのディレクター・金子健人氏は語る。

「我が『MixChannel』のユーザーは、自分の心情に合う歌詞を積極的に見つけるのがとても上手いんです。自分や自分の周りの人を感動させる言葉を、わざわざ歌詞サイトに飛んでいき、その深い場所にある、それほどメジャーではないところからでも探し当ててしまいます。そんな中で、阿部真央さんの楽曲がヒットしたのではないかと。それに、最近はネガティブに自分自身を否定するような歌詞より、少し前向きさが感じられてストレートな歌詞が好まれる傾向も見受けられるようになりました。そんな流れから、自分の心情を飾らない言葉で真っ直ぐに歌う阿部さんの歌詞が特に好まれているのではないでしょうか」(金子氏)

たしかに今の10代女子が、ティーンの頃に阿部が書いた歌詞をたまたま掘り当て、共感するのは頷ける。ただ、昨年12月は同投稿サイトのランキング上位に入ってくるほど阿部の楽曲が使われたのには、別の理由もあるようだ。それが、“インフルエンサー”の存在で、なかでもカテゴリ「ツインズ」の影響が大きいという。ここからは、双子ダンスで人気のまこみなが輩出されるなど同アプリきっての人気カテゴリである。
 
「『MixChannel』にはカップル動画の「LOVE」や双子(のような格好をして)ダンスする『ツインズ』、ヒット曲などの歌詞を手描きのイラストなどで表現する『歌詞動画』など、8つのカテゴリがあります。阿部さんの『私は貴方がいいのです』はシングル曲ではありませんが、カップルのほのぼのとした情景をうまく表現した動画ととてもはまっており、ユーザー同士の共感を集めたようです。また、『ツインズ』で人気のインフルエンサー・ひかはるが『モンロー』の歌詞に合わせてキュートなダンスをアップした。インフルエンサーが同世代に与える影響力は大きく、少し前の読者モデルのような立ち位置に似ています。大人たちには見えないところで、彼女たちを支持するユーザーが動画をシェアすることで『モンロー』が伝播し、アプリ内でブームになったのでしょう」(金子氏)

【プチリリの場合】
スマホなどで楽曲を再生するのに合わせて歌詞が同期するプレイヤー「プチリリ」をリリースする株式会社シンクパワーは、洋・邦楽合わせて約240万曲もの歌詞データを提供している。同社の企画・推進グループでマネジャーを務める藤田太郎氏は、日夜歌詞を詳細に分析。その鋭い観察眼を請われてテレビに出演するほどだ。“歌詞のスペシャリスト”ともいうべき藤田氏は、まず同プレイヤーのユーザーの特性をこう分析した。

「どんな人も『歌詞を知りたい』と思うのは、聴いた時にどこかに必ず引っかかりがあるからだと思います。特に『プチリリ』のユーザーは、歌詞を“覚えたい”“歌いたい”など、単に知りたいよりも一歩踏み込んだ行動を取る人が多いようですね。音楽と歌詞を一緒に可視化できる上、気になるフレーズはダブルタップすればリピートできるので、カラオケの練習にもってこいだったり。当社のランキングで上位に来るのは、ヒットチャートでも上位で、なおかつ共感しやすい楽曲です。2016年で言えば、西野カナさんやback numberさんの強さが光りました」(藤田氏)

西野やback numberは歌詞検索サイトでも常に上位にあり、いわば近年支持され続けている“共感型”の代名詞。広義では阿部真央の書く歌詞も、この共感型だと藤田氏は見ているが、他との違いもあるという。

「リスナーが歌詞に惹かれる第1段階は、匿名性を担保しながらも『これ、私のことを歌っているみたい』というところからです。細かなエピソードを並べた西野さんの『トリセツ』はまさにこれだったでしょう。また、歌詞から具体的な情景が浮かぶものも好まれます。back numberの『クリスマスソング』や『わたがし』などは特に人気が高いですが、聴いてすぐに画面が浮かぶ表現が巧みですよね。阿部真央さんの歌詞はというと、聴いている人がドキドキするくらいに生々しい。圧倒的なリアリティが魅力です。『プチリリ』で人気の『貴方の恋人になりたいのです』はメールを打つほんのわずかの心の動きを包み隠さず言葉にしている。『ストーカーの唄』では、3丁目に好きな人がいると歌う。こんな具体的に書かれたら、いやでも想像してしまいます(笑)。阿部さんの歌詞は“あるある”感が強く、共感というよりは感情移入といったほうが近いかも知れない。本音の言葉がリスナーに刺さるのだと思います」(藤田氏)

【エクシングの場合】
「JOYSOUND」で知られるカラオケ大手の株式会社エクシング。老若男女が集うカラオケというエンタテイメントで、編成企画部に所属する古塩麻実氏は、「ユーザーが歌いたい曲を見つけやすいよう新曲のレコメンドをする一方、『新曲がわからず歌えない』という声もよくいただくため、過去の良い楽曲を認知していただけるよう、JOYSOUND公式サイトやリモコンアプリで特集を豊富に揃えて、楽曲の提案に務めています」という。

たとえば、春なら「桜ソング」や「卒業ソング」と言った旬にあった特集はもちろん、「カラオケでモテる曲」や、歌があまり得意ではない人に向けて「歌いやすい曲」など、実に幅広く提案している。

「鉄板の特集は恋愛関連ですが、そこで阿部真央さんの楽曲をレコメンドすることは多いです。当社の運営する歌詞サービスでもよく歌詞が検索、閲覧されていることも理由の一つですが、個人的にも同じ女性として楽曲に表れる生き方が常に気になる存在です。そう言った肌感覚も一般のユーザーに訴えるには大切な要素だと思っています。カラオケで聞いて人気が広がることもありますが、実際に阿部真央さんの楽曲は幅広い世代に歌われています。当社の会員サービス『うたスキ』のデータによれば、全体では8割が20歳~34歳を中心とした女性ですが、一方で男性にもどの楽曲も満遍なく歌われている傾向で、楽曲によっては10代や50歳以上の方も」(古塩氏)

常時27.5万曲もの楽曲がストックされているというカラオケ配信で、阿部真央の楽曲は「20000位内に32曲ランクインしている」という。正直ピンとこない数字ではあるが……、ファンの熱量が高いアイドルやいわゆる歴史に残る一発ヒットがチャート上位を占める中で、阿部真央の“歌われ度”、つまり楽曲の浸透度はかなり高いようだ。

「上位2万位に入る楽曲は、ほぼ毎日どこかのカラオケで歌われている曲ばかりです。往年のヒット曲や名曲、息の長い演歌、アニソンのように根強い人気曲は繰り返し歌われるので、新曲が割って入ることは難しいのが現状。上位1万曲ともなれば誰もが聞いたことのある曲ということになります。2016年の1年間で阿部さんの楽曲でもっとも歌われた『貴方の恋人になりたいのです』は、毎月ランキングで付近に位置する、安室奈美恵さん『CAN YOU CELEBRATE?』やaikoさん『ボーイフレンド』、西野カナさん『Best Friend』などと肩を並べています。そこからも、阿部さんの楽曲がいかに認知され、歌われているかがわかっていただけるのではないでしょうか」(古塩氏)
 
<後記>
取材を始めた当初は、接点の見えない10代がなぜ阿部真央の曲を好むのか、その理由を明らかにしたかった。「MixChannel」や「プチリリ」の取材はそれを裏付けてくれたが、それは若い世代がそれらに親しみがあり、自らアクションを起こすのも厭わないからだろう。チャートと言った単純な価値観だけで推し量れなくなった昨今、表立った数字ではないところで、阿部真央の楽曲が浸透していることは十二分に考えられる。

今回ご協力くださった各社ご担当者が口をそろえたのは、「阿部真央の歌詞は、嘘をつかない」ということだった。多くの情報が提供される時代だからこそ、ユーザーは“仕掛け”や“つくりもの”に敏感だ。その年齢やその時に感じたことをそのまま歌にする、ある意味の不器用さがかえって迎え入れられる結果となっているとも見て取れる。だが、阿部自身はそんなことすらも頓着なく今後も自分の思い歌っていくだろう。そして、その歌が続く限り、リスナーから信頼されるシンガーソングライターであり続けるだろう。