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エンゲル係数の上昇を考える

4/4(火) 19:40配信

ZUU online

■要旨

2016年の家計のエンゲル係数は25.8%に上昇し、1987年の26.1%以来の水準になった。長年低下を続けてきたエンゲル係数は2005年を底に上昇に転じている。その大きな原因は、人口構造の高齢化でエンゲル係数が高い無職の高齢者世帯が増加したことだ。共働き世帯の増加や食生活の変化はエンゲル係数を上昇させた大きな原因とは考え難い。近年のエンゲル係数の急上昇は食料価格の上昇によるところが大きく、デフレ脱却の過程では賃金上昇が伴わないと消費の抑制要因になる恐れがある。

■注目集めるエンゲル係数の上昇

◆エンゲルの法則

エンゲルの法則は、家計の所得が増えると生活費(消費支出)に占める食費(食料)の割合が低下するというものだ。19世紀のドイツの統計学者、エルンスト・エンゲルがベルギーの家計支出を調べて見つけ出した。消費支出に占める食費の割合は、この法則の発見者にちなんでエンゲル係数と呼ばれているが、普段統計に接することが少ない人達にとっても馴染みのある経済指標の代表だろう。全国消費実態調査の二人以上世帯(全世帯)について年間収入別にエンゲル係数を見てみると、所得の増加とともにエンゲル係数が低下するという傾向がはっきり見て取れる。

生命を維持するためには食事をとらないというわけにはいかないし、仕事のために体力をつけ、体調を維持するためには、一定以上の栄養を摂取する必要がある。所得水準が低くても健康を保つための食品への支出は不可欠で削減が困難だ。このため所得水準の低い層では食費が生活費の大きな割合を占めてしまい、他の消費をする余裕が小さくなってしまう。

一方所得が増えた場合には、栄養を摂取するという目的だけではなく、高額なレストランで食事をするなどおいしいものを食べたり、無農薬・有機野菜など食材にこだわったりするなどの食事の高級化が起こり、食費は増加する。しかし、耐久消費財への支出や教養・娯楽への支出などの増加の方が大きく、エンゲル係数が低下するのが普通だ。エンゲルの法則は発見以来長い年月が経っているが、依然として意味のあるものであると言えよう。

◆上昇に転じたエンゲル係数

個別の家計で所得が増加するとエンゲル係数が低下するということが起こるだけでなく、歴史的にみても経済が発展する中で家計の所得は増加し、日本の家計のエンゲル係数は低下傾向を辿ってきた。長期のデータが比較できる総務省統計局の家計調査の「農林漁家世帯を除く二人以上世帯」で見てみると、統計が開始された1963年には38.7%だったものが、2005年には22.9%にまで大きく低下した。第一次石油危機や消費税の導入・引上げの際にエンゲル係数の上昇が起こったことが確認できるが、所得水準が高まることでエンゲル係数は長年にわたって低下傾向を続けてきた。

ところが、1990年台半ばになるとエンゲル係数の低下傾向は非常に緩やかになり、1995年の23.7%から2005年の22.9%まで10年間の低下幅はわずかに0.7%ポイント、1年当たりの低下幅では0.07%ポイントにとどまっている。1963年から1995年までの低下幅は15.0%ポインドで1年当たりの低下が0.47%ポイントだったのに比べると大きく鈍化している。さらにその後は2005年を最低に上昇傾向に転じ、2014年以降は上昇が急速になっている。2016年の25.8%という水準は、1987年の26.1%以来の高い水準である。

冒頭で説明したように、所得水準が高いほどエンゲル係数が低く生活に余裕があるという関係があるため、エンゲル係数の上昇が日本の家計の余裕度の低下を意味するのではないかという議論が起こっている。

■エンゲル係数上昇の原因

◆高齢化による世帯構成の変化

エンゲルの法則は、ある年の家計について所得とエンゲル係数の関係を見たものだ。日本のエンゲル係数の長期的変化を考える上では、この間に社会や生活スタイルが大きく変化してきたことの影響を考慮する必要がある。

第一に、日本は高齢化が進んで世帯構成が大きく変わっていることの影響が考えられる。家計調査の世帯分布をみると、1985年には無職の世帯は10.7%に過ぎなかったが、2016年には無職世帯の割合は34.1%に達している。無職世帯が増加している原因は、高齢化が進んで引退して年金生活をする高齢者が増えたことで、家計調査の世帯分布をみると無職世帯のほとんどは世帯主の年齢が60歳以上だ。2016年で見ると、無職世帯のエンゲル係数は28.4%と、勤労者世帯の24.2%や個人営業などの世帯(無職を除く勤労者以外の世帯)の26.9%に比べてかなり高い。1985年から2016年までの間に、勤労者世帯の割合は64.3%から49.0%、個人営業などの世帯の割合は、25.0%から16.9%に低下しており、長期的に見ると無職世帯の割合が高まったことはエンゲル係数の上昇の大きな原因だ。

また、勤労者世帯の中でも世帯主年齢が60歳以上の比較的年齢層の高い世帯の割合が高まっている。改正高年齢者雇用促進法の施行により、60歳以上でも働き続けるサラリーマンが増加したことが原因だ。

多くの企業で60歳以上の雇用を確保しているものの、「高年齢者の雇用に関する調査」(独立行政法人労働政策研究・研修機構2016年)によれば、企業が採用している60 ~65歳の継続雇用の形態は、正社員が約三分の一で、嘱託・契約社員が6割、パート・アルバイトが約 2 割などとなっている。このため世帯主の年齢が60歳を超えると、働いていても世帯所得が大きく減少することが多い。勤労者世帯のうちで世帯主年齢が60歳未満の世帯ではエンゲル係数は23.7%だが、世帯主年齢が60歳以上の世帯では26.3%となっており、無職世帯ほどではないものの相対的には高い数字となっている。

世帯主年齢別にエンゲル係数を見てみると、世帯主年齢が上昇するとエンゲル係数が上昇する傾向がある。高齢の世帯では子供が独立して教育に対する支出がなくなることがこの原因のひとつだ。世帯主年齢が40歳台後半から50歳台前半の世帯でエンゲル係数が低下するのは、家計に余裕が大きいわけではなく、子供が高校や大学に進学する時期にあたり、教育費支出が大きくなるからである。

長期的にみると2005年を底にエンゲル係数が上昇に転じていることは確かだが、その原因は世帯主が高齢となり嘱託や契約社員となって収入が大きく減少したり、無職の年金生活者となったりした世帯の割合が高まったことだ。こうした原因によるエンゲル係数の上昇は、家計生活の余裕度の低下を示すものとは言えないと考える。昔の世帯主年齢が60歳台や70歳台の世帯と、現在の世帯主年齢が60歳台や70歳台世帯の生活があまり変わっておらず、人口構造の変化でこうした世帯が増えただけであれば、たとえ日本の家計全体ではエンゲル係数が上昇していても、日本経済全体として家計の余裕度が低下したとは言えないだろう。

◆生活スタイルの変化

食生活のスタイルが変化していることもエンゲル係数に影響を及ぼしていると考えられる。全国消費実態調査で1999年から2014年までの間の変化を見ると、食料への支出の中では、調理食品や外食、飲料の構成割合が高まっていることがわかる。調理食品や外食は加工やサービスの費用が加わっているので、同じ栄養価を得るための費用は家庭内で調理する場合に比べると高くなるはずで、食費を全体として拡大させる要因となっているのは間違いない。

所得の増加によって、高級レストランでの食事のように必需的ではない楽しみのための食費の支出も増える。酒やコーヒー、紅茶などの嗜好品の支出も増加すると考えられるので、時間的な変化だけでなく、同じ時点でも高所得層になれば食料への支出が必需的なものとは言い難くなるのは確かだ。

こうしたことがエンゲル係数やエンゲルの法則の意味を低下させるという見方もあるが、現在でも所得とエンゲル係数の逆相関は明らかであり、依然として意味のある指標であると考えられる。高所得者層ほど選択的な食料消費を行うことがあっても、食料以外の支出に向かう傾向が強く、高所得者層のエンゲル係数を押し上げるほどではない。

◆共働き世帯増加の影響

調理食品や外食の増加という食生活の変化である家事の外部化をもたらした大きな原因は、夫婦がともに仕事をもっている世帯が増えたことだ。全世帯(農林漁家世帯を除く二人以上世帯)の有業者数は、高齢で無職となった世帯主の割合が高まったため、1963年の1.65人から2016年には1.33人に減少している。しかし、世帯主が現役で働いている勤労者世帯(農林漁家世帯を除く)を見れば、逆に1.54人から1.74人へと増加していて、夫婦がともに仕事を持っている世帯の割合が高まっていることが分かる。

夫婦共働き世帯は、家事時間を節約するために加工食品や外食費が多くなり食費が多くなるが、こうした世帯の割合が上昇したことがエンゲル係数の上昇の原因とは言い難い。全国消費実態調査(2014年)で有業人員が一人の世帯と二人の世帯を比べてみると、有業者数が二人の世帯の方が、食料の中で調理食品や外食に対する支出の割合が高く、食費も多くなっている。

しかし、有業人員二人の世帯の方が所得水準は高く消費全体の金額も多いために、エンゲル係数は有業人員一人の世帯では24.1%であるのに対して、二人の世帯では23.5%と低い。有業人員二人の世帯の方が、持ち家率が高く家賃・地代への支出が少ない。有業人員二人の世帯では消費支出の一部である家賃・地代の代わりに、消費支出には表れない住宅ローンの返済支出があって住居関連消費支出が少なく見えることを考慮すると、エンゲル係数で見る以上に食料への支出割合は低いと言えるだろう。女性の社会進出が進んだことで食費は増加したが、これがエンゲル係数の上昇要因となったとは言えないと考える。

■近年の急上昇の理由

◆人口構造では説明できない上昇速度

第二次世界大戦直後に生まれた団塊の世代は、2012年に65歳に達し始めて労働市場から引退しつつあり、このため労働市場では需給がひっ迫し、有効求人倍率の上昇と失業率の低下が起こっている。しかし、家計調査の世帯分布では無職世帯は2012年の32.0%から2016年に34.1%に上昇したものの、2012年以降に構成比の上昇が加速しているようには見えない。

家計調査(農林漁家世帯を除く)の平均世帯人員数は、1963年の4.33から2016年には2.99人に低下しており、世帯規模の縮小が著しい。世帯人員の減少は子供の数が少なくなったということだけではなく、世帯主年齢の上昇によって子供が独立した後に高齢の夫婦のみとなった世帯の増加も原因であるため、これによってエンゲル係数がどちらの方向に影響を受けているのかは、はっきりしない。

人口構造面の要因がエンゲル係数を急速に上昇させたとは考えにくく他の要因が大きいと考えられる。このことは、エンゲル係数の2010年前後から2016年の間の動きを見ると、世帯主年齢層が30歳台、40歳台、50歳台でも上昇していることからも裏付けられる。世帯主の年齢構成がより高齢者側にシフトしていることによる影響という長期的な変化に加えて、全ての年齢層でエンゲル係数の上昇が起こったことが全体としての上昇を加速した。

◆食料の価格上昇

世帯規模が縮小傾向にあるために2000年以降家計の消費支出全体が減少傾向を辿っている。世帯人員の変化の補正するため、ここでは一人当たりの支出額を見てみた(図表8)。2013年以降、消費支出全体はほぼ横ばいの水準に留まっているのに対して、食料への支出金額が急速に増加しており、食料への支出の急速な増加が近年のエンゲル係数の上昇をもたらした原因であることが分かる。

これは、2014年以降は食料の物価上昇率は消費支出全体(持ち家の帰属家賃を除く総合)の上昇率をかなり上回っているため、家計が食料への実質的な支出水準を維持しようとした結果だと見られる。2000年台に入ってからの消費者物価上昇率は、食料が消費支出全体の物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)の平均を多くの年で上回っており、エンゲル係数の上昇は消費支出全体の物価上昇に比べて、食料の価格上昇が大きかったことが大きな原因となっていると考えられる。

2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことはこの一つの原因だ。食料品には消費税が課税されるが、消費支出全体には医療費や地代・家賃、学校の授業料など消費税の非課税品目が含まれている。このため、消費税率の引き上げによる消費者物価(帰属家賃を除く総合)への影響は食料への影響を下回ることになったからだ。

また、2012年末ころから急速に進んだ為替レートの大幅な円安で、輸入原材料の価格上昇を通じて食料の価格上昇が起こったが、サービス価格など国内要因で決まるものの価格上昇は緩やかだったことも食料の物価上昇率を消費全体よりも高いものとした原因と考えられる。また、2014年夏ごろから原油価格が大幅に下落したことからエネルギー価格が低下し、全体の物価上昇を抑制することとなったことも食料との物価上昇率の差を生んでいる。

◆費目別にみた消費の動き

エンゲル係数が上昇していることには、食料以外の費目への支出に関する様々な要因も影響している。

家計の一人当たり支出金額を実質化して2000年を100としてみると、実質支出が増加傾向にある費目は、家具家事用品、保健医療、交通・通信、教養娯楽の4つだ。食料、光熱水道、住居、消費支出全体は概ね横ばい圏だが、教育、被服及び履物は世帯人員数を調整しても減少傾向が見て取れる。(その他の消費支出はここでは分析対象としなかった)

教育に対する支出は、世帯全体の規模ではなく「世帯人員数マイナス2」を子供数とみなして人数の修正を行なうと実質で増加しており、家計はむしろ支出を増やしていると見ることができる。被服及び履物の減少は大幅だが、世帯主年齢が60歳以上の世帯では消費支出に占める被服及び履物の割合が低く、世帯主年齢の高い世帯の割合が高まっていることが原因だ。

2012年以降短期的には住居がやや大きな減少を示しているが、持ち家世帯の割合は、2000年の78.1%から2016年には84.9%に高まっている。2012年以降は持ち家率の上昇速度が若干速まったことも、ここ数年の住居の支出が世帯人員や物価上昇率を考慮しても縮小したことの原因とみられる。

■おわりに

エンゲル係数は家計の余裕度を見るには便利な指標だが、本来は同じ時点で類似の世帯を比較するためのものである。このため世帯構成が変化していく中で日本の家計全体の変化を判断する指標として利用するためには注意が必要である。長期的に日本の家計全体のエンゲル係数が低下から上昇に転じたことには、実質所得の伸びが鈍化する中で、高齢化によってエンゲル係数の高い高齢者の世帯が増加したことが大きな原因だ。日本の人口高齢化は今後も続くため、世帯主年齢の高い世帯の割合はさらに上昇すると予想され、エンゲル係数には上昇圧力が加わり続けることになるはずだ。こうした変化は必ずしも家計の余裕度低下と考えるべきものではないだろう。

一方、最近の短期的なエンゲル係数の上昇は、食料と消費支出全体の物価上昇速度の差によるものだ。日本経済がデフレから脱却する過程で、賃金上昇よりも先に食料などの生活必需品の価格上昇が起こる場合には、エンゲル係数の上昇が続く可能性が高い。過去はこうした状況は長期間は続かずエンゲル係数の持続的上昇の要因にはならなかったが、今後賃金上昇率が高まらなければ消費の足かせとなる恐れがあるだろう。

櫨浩一(はじ こういち)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー

最終更新:4/4(火) 19:40
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