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阪神・淡路大震災で妻亡くし 経験、熊本で生かす

神戸新聞NEXT 4/11(火) 17:39配信

 阪神・淡路大震災が起きた午前5時46分で止まったままの時計を、カウンターに置く洋食店が熊本県大津町にある。「神戸浪漫ハイカラ亭」。オーナー杉水満さん(70)は22年前、住んでいた神戸市東灘区のアパートが全壊、妻ミチ子さん=当時(62)=を失った。「妻の死を無駄にしない」。そんな思いから、熊本地震を経験した子どもたちに自らの記憶を伝え、災害への備えを呼び掛ける。

 「大人になって熊本を離れても、そこで地震に遭うかもしれない。地震の経験を語り継ぎ、その時に生かしてほしい」

 今年3月、大津町の小学校で、杉水さんは児童に語り掛けた。阪神・淡路で高速道路やビルなどが倒壊し、あちこちの避難所が人であふれた様子についても説明。昨年、熊本地震で避難生活を送るなど苦労してきた児童のまなざしは、真剣そのものだったという。

 同町出身で、高校卒業後、神戸へ。元町の人気洋食店で修行を積み、ミチ子さんともこの店で出会った。結婚し一緒に店を開こうと考えていたが、夫婦とも病気を患い、断念した。

 1995年1月17日、夫婦が住んだ神戸市東灘区深江北町のアパートは震災で倒壊。ともに生き埋めになった。杉水さんはタンスや天井に挟まれた腕を引き抜き、はい出したが、ミチ子さんは助からなかった。

 神戸にいるのがいたたまれなくて、翌月に帰郷した。仕事を始めようとして思いついたのが、2人で目指していた洋食店。「妻の供養のため」でもあった。96年4月に開店した。

 その後、現在の妻律子さん(53)と出会い、しばらくして再婚。2人で店を切り盛りしてきた。

 4月14日の熊本地震前震で同町は震度5強。しかし、震災の教訓から店や自宅の家具を固定していたため倒れなかった。震度6強だった16日の本震でも同様。常備していた懐中電灯ですぐさま家族全員の安否を確認し、避難所にたどり着いた。店でも、前震の後、食器や瓶入りの飲み物を床に置いていたため、1カ月もたたずに店を再開した。

 「22年前のつらい経験が生きた」と杉水さん。今後も語り継いでいくつもりだ。(高田康夫)

最終更新:4/11(火) 18:26

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