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中日・小笠原2軍監督が明かす、指導者としての強みと日の丸を背負った意味

4/11(火) 9:38配信

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2軍指揮、選手の変化、日の丸の意味…小笠原道大氏が語る監督業の日々

 昨シーズン、19年ぶりの最下位に沈んだ中日。しかし、ウエスタン・リーグではソフトバンクに次ぐ2位と好成績を残し、12年から3年連続最下位、15年4位と苦しんでいた低迷期から脱出した。

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 チームを浮上に導いたのは、昨季から就任した小笠原道大2軍監督。現役時代は日本ハム、巨人、中日でプレーし、日本代表として日の丸を背負ったこともある指揮官に、自身が影響を受けた出来事や指導者などを聞いた。

 昨年は監督として指揮を執った初めてのシーズンだったが「経験豊富なコーチ陣がいるので、監督としてのプレッシャーは少なかった」と話す。

「1軍の場合は結果が全てですが、2軍なので、やることをやるだけです。そこまでのプレッシャーはないですね。コーチの方たちと相談しながらやっています。1日1日が勉強の毎日です。色んなチームを見てきているコーチがいるので、困らなかったですし、サポートしてもらっています。皆さんのおかげで、思い切ってできています」

 現役時代は朝早くに球場入りしていた小笠原2軍監督。指揮官になってからは、生活スタイルも変わったという。

「ナイターがありませんから、規則正しい生活になりましたね。それに、練習をしなくてよくなったので(笑)、現役時代とは多少変わりましたね」

 千葉県の暁星国際高校から社会人のNTT関東を経て1996年のドラフト3位で日本ハムに入団。社会人を5年間経験してからのプロ入りだった。自身がプロ入りした当時と比べ、選手の考え方にも変化が出てきていると感じている。

「20年以上経っていますから、選手の気持ちがわかる部分もあれば、わからない部分もありますね。選手の生活、環境にも変化が生じています。こちらが普通に思っていることが、違うことも多いです。その時々で対応していかなくてはいけないですね」

プロ入りへのルートも増、「諦めずに頑張って欲しい」

 社会人チームの数も大幅に少なくなったが、代わりに独立リーグができたことでプロ入りへの手段が増えた。小笠原2軍監督はそのことにも言及し、プロを目指す選手へエールを送る。

「そこでチャンスを掴めばプロに入れる。手段は1つではないですね。ドラフトを通らなければいけないところは変わりませんが、高校、大学、社会人だけではなくなった。諦めずに頑張って欲しいと思います」

 自身は高校、社会人、日本ハム、巨人、中日、日本代表といくつものチームを経験。采配を振るう上で、さまざまな監督の指導法が参考になっているという。

「監督ごとにオリジナリティがあり、みんな素晴らしい方でした。いろいろなパターンの監督と接して来られました。状況に応じて、その方たちから学んだ、さまざまな引き出しを利用できます。たくさんチームを渡って、いろいろな野球を勉強できた。たくさんの監督と接したことで、勉強になりました」

 2004年のアテネ五輪、2006年、2009年の第1回、第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、日本代表として日の丸を背負った。

「日本代表はいい経験でした。プロは最初から『チーム』と言っても、ピンと来ないところがあります。余裕がなく自分の成績だけになってしまい、みんなで同じ方向を向いてやるということがなかなかありません。アテネ五輪が初めての代表でしたが、インパクトが強く、この時の経験は大きかったですね」

 侍ジャパンが4強で敗退した第4回WBCに出場した岡田俊哉投手、平田良介外野手には「チームに帰ってきたらいい影響を与えてくれれば」と期待する。

「他の選手も、チャンスがあるなら目指してもらいたいですね。現状で満足せず、高いレベルを求めて欲しい。そういう気持ちでいれば、所属しているチームにもプラスになります。いろいろなことに興味を持って、チャレンジして欲しいと思います」

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最終更新:4/11(火) 12:38
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