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【担当記者が振り返る真央の素顔】(2)スランプ脱出のため付き添った母

スポーツ報知 4/12(水) 11:04配信

 バンクーバー、ソチと2つの五輪を取材し、もがき苦しむ姿を何度も目の当たりにした。そんな悩む真央を支えたのは、猛練習と今は亡き母親の匡子さんだった。

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 バンクーバーを控えた2009~10年シーズンは前半から絶不調。体の成長に伴って3回転半の感覚がにぶり、ミスを連発。シニアに上がって初めてGPファイナル進出を逃した。

 初のスランプに陥った真央は、過去の映像を見ながら助走コースを修正するなど試行錯誤を重ねた。匡子さんも付き添い、助言をしてコーチ的な役割も果たした。五輪では計3回の3回転半を跳ぶも金妍兒に及ばず銀メダルだったが、シーズン前半を考えれば「奇跡の復活」に思えた。

 試合後、これまで多くを語らなかった匡子さんが記者を呼び、初めて食事会を開いてくれた。匡子さんは2位の結果にも終始笑顔で「褒めてあげたい」と言い、「これからはスケートだけじゃなくて、いろいろな経験をさせてあげたい」と、ここまで競技一筋で進んできたまな娘を思いやっていた。

 ソチでも金メダルには手が届かなかった。それは真央の心残りかもしれないが、涙色のメダルを誰よりも喜んでいたのは、ともに戦った母だ。戦いきった誇りを胸に、力強く未来を歩んでほしい。(07~14年担当 飯塚 久美子)

最終更新:4/12(水) 11:32

スポーツ報知