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【真央一問一答3】トリプルアクセルに声かけるなら?に笑い

デイリースポーツ 4/12(水) 15:05配信

 女子フィギュアスケートの浅田真央(26)が12日、都内のホテルで引退会見に臨み、引退を決意した経緯や現在の心境を語った。21年間という競技人生を振り返るにあたって、代名詞とも言えるジャンプ「トリプルアクセル」への質問も飛んだ。中には技という抽象的なものであるにもかかわらず擬人化し「声をかけるとしたら」という珍質問まで飛び出したが、真央は「なんでもっと簡単に飛ばせてくれないの、という感じです」と笑顔で答えていた。以下、一問一答の要旨。

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 -フィギュア界へエールを。

 「引退された大先輩をはじめ、私も引退することになったんですけど、今までスケート界を引っ張ってこられたかなと思っています。若い選手がどんどん出てきていますので、若い選手が若いパワーで引っ張っていってほしいなと思います」

 -フィギュアとはどんな存在か。

 「存在…。うーん、どんな存在ですかね。難しいですけど、ひと言で言うと、やはり人生かなと思います」

 -自分をほめたいと思う部分はどこですか。

 「私、けっこう飽きてしまうことが多いんですけど、何でもはまってしまったらすごくはまってしまう。すぐに飽きちゃう性格で、でもこのスケートは5歳から26歳まで続けてこられたので、長い間すごいねえ、続けてきたねえと言いたいです」

 -どんなスケート人生だったと言えるか。

 「私の全てがスケート中心の生活だったので、本当に私の人生です」(きっぱりと言い切る)

 -ファンへ向けては。

 「本当にたくさんのファンの方が私のことを応援してくださって、長い間、良い時も悪い時も諦めずに応援してくれたので、私もそれがすごく励みになりましたし、それがすごくパワーになりました。感謝しています。ありがとうございました」(頭を軽く下げる)

 -アスリートは誰もが迎えるが引退の日をどう迎えたか。

 「本当に発表するまで、自分の中で実感はなかったんですけど、こうしてあらためてここに座って、今までのことを振り返りながら話していると、少しずつ、『ああ、引退するんだな』という気持ちはわいてきますね」

 -寂しいのか、すがすがしいのか。

 「本当に気持ちは晴れやかな気持ちです」

 -スケート靴をあまり履かなくなる。新生活への気持ちは。

 「私は1月から4月まではスケート靴を持たず、滑らずにずっといました。7月にショーがあるので滑り始めます」

 -やり残したこと、悔やむことはあるか。

 「うーん。決断するにあたって、本当にたくさん悩みました。でも、やり残したことは何だろうと思うことがかったので、それだけ本当に自分は全てやりつくしたんじゃないかなと思います」

 -今日の服装について。白のブラウス、ジャケットを選ばれた理由は。

 「黒のスーツか、白。どちらにしようかいろいろ悩んだんですけど、自分の気持ちとしては本当に晴れやかな気持ちなので、この服を今、着ています」

 -ノーミス、完璧にこだわる思いはどこから来ているか。

 「やっぱり失敗はしたくないですし、これだけ試合へ向けて練習してきているからこそ、誰もがミスしたくないと思う。自分は試合にそんなに強いタイプではなかったので、あえて自分で言っていたんじゃないかなと思っています」

 -ご自身にとってトリプルアクセルとはどんなものだったか。

 「私は、伊藤みどりさんのようなトリプルアクセルが飛びたいと思って、ずっとその夢を追ってやってきた。飛べたときはすごくうれしかったですし、自分の強さでもあったとは思うんですけど、その反面、悩まされることも多かったです」

 -スケートを始めた5歳の自分に声をかけるとしたら。

 「難しいな…。頑張って!って。私はこれだけフィギュアスケートをやっていて、たくさんの方に応援してもらえて幸せだなと思いました。大変なこともあったんですけど、自分に対してエールを多分、送ると思います」

 -子供たちへ声をかけるとしたら。

 「ちっちゃいころから本当にスケートが大好きで、ただただスケートが大好きでやってきました。今から始める子、頑張っている子にはスケートを大好きな気持ちを忘れないでねと言いたいかなと思います。私も子供が大好きなので、以前もスケート教室はやっていたんですけど、機会があればぜひやりたいなと思っています」

 -「トリプルアクセル」に声をかけるとしたら。

 「(笑いながら反応に困りつつ)トリプルアクセルに声をかけるんですよね…。いやあ、なんでもっと簡単に飛ばせてくれないの、という感じです」

 -続けてこられた支えになったものは。

 「一つは自分の目標です。それだけではないんですけど、たくさんの方に支えられて、たくさんの方の応援が合ったからだと思います」

 -引退の決断までに時間がかかった。世界選手権で五輪の出場選手枠が2に減ったことをどう受け止めていたか。このことが引退の決断に影響したのか。

 「平昌五輪に出る目標をやめてしまう自分を許せるのかな、許せないのかなと思いながらずっと過ごしてきて。最終的に…最後、話し合いをして決めたのが2月だった。世界選手権が影響したというわけではなくて、自分自身が最後決めることですし、そんな感じで決めました」

 (続けて)「2枠になってしまったことに関しては残念なことではあると思うんですけど、その2枠を大勢の、たくさんの選手の子たちが争うわけなので、本当にハイレベルな試合になるんじゃないかなと思っています」

 -2月に決断。発表が4月になったのはどういう思いがあったか。

 「いろいろと自分の気持ちの準備だったりもあり、今日に至りました」

最終更新:4/13(木) 0:06

デイリースポーツ