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ペギー葉山さん死去…10日肺炎で入院しそのまま

スポーツ報知 4/13(木) 6:04配信

 「ドレミの歌」「南国土佐を後にして」で知られる歌手のペギー葉山さん(本名・森シゲ子さん)が12日午前11時55分、肺炎のため、都内の病院で死去した。83歳だった。所属レコード会社によると、10日朝に体調不良を訴え、肺炎の診断をうけて入院したが、容体が急変した。9日までリハーサルを行うなど精力的に活動していた。葬儀・告別式は近親者のみで執り行い、日時は非公表。後日、お別れの会を予定している。

 突然の訃報だった。所属レコード会社によると、ペギーさんは10日朝に「体調が優れない」と風邪に似た症状を訴えたという。9日もリハーサルの仕事をこなすなど、元気な様子だった。持病もなかった。かかりつけの病院で診察を受けると、肺炎の診断。そのまま入院することになった。

 時間を追うごとに容体は悪化し、11日深夜には、医師から「家族を呼んでください」と宣告されるほど深刻な状況になっていた。そしてこの日、長男(49)と親族、事務所スタッフにみとられ、天国に旅立った。

 3月29日の「越路吹雪トリビュートコンサート『越路吹雪に捧ぐ』」(東京・日生劇場)が最後のステージになった。昼夜2公演に出演し、30日のブログには「ファンの皆様が2階まで満杯。素晴らしいイベントでした」と感動をつづっていた。現場にいた関係者は「お元気そうでしたので、とても驚いています。シャンソンを歌っていらした。美しい歌声でした」と語った。

 ペギーさんの遺体を乗せた車はこの日、都内の病院から自宅マンションに。午後4時10分頃に自宅前で止まると、助手席の男性が「着いたよ」と声をかける姿があった。その後、05年に亡くなった俳優の夫・根上淳さん(享年82)が眠る茨城県内の菩提(ぼだい)寺に向かった。関係者は「ふっくらとしていたお顔だった」と明かした。ペギーさんは、夫の逝去後も彼岸と盆の年3回の墓参りを欠かさなかった。3月24日も墓前を訪れたばかりだった。

 別の関係者によると、根上さんが眠る茨城県内で葬儀を行うのはペギーさんの希望だという。

 ペギーさんは1952年にデビューし、59年に発売した「南国土佐を後にして」が200万枚の大ヒット。自身が日本語詞をつけ、60年に発表した「ドレミの歌」は今でも歌いつがれる名曲で、日本のポップスの礎を築いた功労者の一人だった。07年から日本歌手協会会長を務め、14年に名誉会長に就任した。

 4月30日には「古賀政男音楽博物館 開館20周年記念 心を込めて古賀メロディーを歌う!」の出演を予定していた。協会関係者は「イベントの中に追悼コーナーを設けたい」と話した。今年9月にデビュー65周年の記念コンサートが予定されるなど精力的に音楽活動を続け、生涯現役を貫いた。

最終更新:4/13(木) 6:09

スポーツ報知