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真央、栄光と挫折の五輪人生 年齢制限に阻まれたトリノ、涙のバンクーバー銀、泣き笑いのソチ/フィギュア

サンケイスポーツ 4/12(水) 12:00配信

 フィギュアスケート女子の2010年バンクーバー五輪銀メダリストで、10日深夜、自身のブログで電撃引退を表明した浅田真央(26)=中京大=が12日、東京都内で会見した。

 日本中を魅了し続けた浅田の足跡をコメントで振り返る。

 ◆2005年GPファイナル 15歳で初出場ながら当時の世界女王スルツカヤ(ロシア)を破り衝撃の優勝。年齢制限で06年トリノ五輪の出場資格はなかったが、特例を望む声が湧き起こった。 「スルツカヤさんに勝てるとは思わなかったのでびっくり。トリノ五輪には少し出たい気持ちがあるけど、(10年)バンクーバー五輪で頑張りたい」

 ◆08年世界選手権

 大会前に左足首を捻挫。SP(ショートプログラム)2位で迎えたフリーでは冒頭の3回転半ジャンプ(トリプルアクセル)の踏み切りで刃を滑らせて転倒し、腰を強打したが続く2連続3回転を決めるなど立て直し日本選手最年少の17歳で世界女王に輝いた。「転んだときはもうダメだと思ったけど、挽回(ばんかい)しようと思った」

 ◆10年バンクーバー五輪 SP、フリーを合わせ、3度の3回転半に成功。女子初の快挙としてギネス世界記録に認定されたが金ヨナ(韓国)に及ばず銀メダル。「あっという間に終わった。初めての五輪は悔しかった」

 ◆11年全日本選手権

 直前に母の匡子さんが急逝。悲しみの中で5度目の日本一。「(母は)一番近くにいるような気がした。何も報告しなくても分かってくれている」

 ◆14年ソチ五輪

 SPで16位と出遅れたが、フリーでは全6種類、計8個のトリプルジャンプを組み込む構成で自己ベストを更新。“伝説の4分間”で6位まで順位を上げた。「バンクーバーの時は悔いが残ったが、そのリベンジはできた」

 ◆14年2月 ソチ五輪から帰国後の会見で進退について「今のところハーフハーフ(半々)くらい」

 ◆14年5月 休養を表明。「体も心も疲れている。何を目指していくのか、じっくり考える1年にしたい」

 ◆15年5月 現役続行を表明。「自分が決めたことなので、責任を持ってやっていきたい」

 ◆17年4月10日 ブログで引退を表明。「突然ですが、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました」

最終更新:4/12(水) 12:00

サンケイスポーツ