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サイボウズ青野慶久夫妻【前編】最初からイクメンだったわけじゃない

ホウドウキョク 4/12(水) 11:30配信

サイボウズ株式会社代表取締役、青野慶久さんとその妻による夫婦対談、前編。

名字も子どもも、「いいやん」で決めるのが夫婦の流儀

夫婦は合わせ鏡とも言われる。妻から見る夫。夫から見る妻。それぞれを知れば、その人の本質が見えるのではないだろうか。

今回は日本でのシェアNo.1※のグループウェアを提供するサイボウズ株式会社の代表取締役社長とその妻による夫婦対談。「イクメン社長」としても知られる青野社長とその妻に登場いただいた。

大阪大学在学時に、ボランティアサークルで出会い、遠距離恋愛などを通じて結婚した青野社長。ふたりには驚くべき結婚のスタイルがあった。


---青野社長の名字、「青野」は実は通名で、本名は妻の側の姓だそうですね。いったいどういう経緯で「妻側の姓」を名乗られることになったのでしょうか。



慶久さん
まずそもそも、私たちが結婚したのは2001年です。その前年の8月にサイボウズが東証マザーズに上場することになり、ひとつの節目が来たなという感じで。本社も大阪から東京に移すことになって。それで結婚を決めました。




当時私は地方自治体の公務員として関西で働いていました。だから結婚を申し込まれたとき、「退職しないといけないな」って思ったことは覚えています。

もちろん、彼から「経済的なことはオレに任せろ」と言われていたので、あまり心配はなかったのですけれども。仕事を辞めるのは残念に思いました。

それで結婚が決まって、いろいろと打ち合わせをしていたときに、ちょっと聞いてみたのです。「私、名字を変えたくないんだけど」って。そんな軽い感じでした。



---名字を変えることに抵抗はなかったのでしょうか。



慶久さん
当時は結婚に特にビジョンもなく、積極的な動機で結婚したわけではなくて。出会って7~8年が経過していたので、そろそろ年貢の納めどきかなって(笑)。だから名字の話も、特に反対する理由もないので「いいやん。じゃあそうしようか」って決めました。


なぜ名字を変えたくなかったかというと、「嫁ぐ」っていう考え方がイヤだったんです。でも、彼が名字を変えたっていうと、必ず「婿養子に入ったの?」と聞かれます。「家制度」はもうなくなったのに、世の中は未だに戦前の仕組みを引きずっていて。

今でも結婚したカップルの96%は男性の姓を名乗っているそうです。それを知って、女性差別というか、女性を軽視する考え方がいまだに残っているんだなと。だから私の家が由緒ある家系だから、とかいう理由では全然ないんです。



---軽い気持ちで結婚も姓も決めたおふたりですが、お子さんについても、そんな感じで決定されたとか。



慶久さん
僕の基本的な考え方が「自由に生きればいいやん」、なんです。子供はいてもいなくてもいい。でも何となくそろそろかなって。




当時、年齢的にも周囲に子どもを持つ人が多くなってきたので。出産にしても、軽い気持ちだったのですが、難産でした。産んだらすぐ24時間育児が始まって…。



慶久さん
1人目が産まれた当時、僕が38歳。子どもがそんなに好きなタイプではなかったので、抱っこするのも初めてで。1人目は精神的にきつかったですね。僕はそれまで仕事人間。会社でトラブルがおきても、子どもが泣いていたらなんとかしなければいけない。やりたい仕事にフルコミットできないんですよ。子どもにミルクをあげている間は会社に何も貢献できない。当時は、敗北感や無力感を感じて、自信を喪失しました。

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最終更新:4/12(水) 11:30

ホウドウキョク