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岩村明憲の“意識”を変えた斎藤雅樹氏との対決「ただうれしいだけではダメ」

4/12(水) 7:40配信

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メジャーではレスター、ハラデーら屈指の名投手と対戦

 今季限りでの現役引退を発表したルートインBCリーグ、福島ホープスの岩村明憲選手兼監督兼球団代表は、国内外で数々の名投手と対戦を繰り広げてきた。1997年から10年プレーしたヤクルトでは、04年から3割30本を記録。10年で通算185本塁打、570打点、打率.300を記録するなど、強打の内野手として名を馳せた。

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 2006年オフにはポスティング制度を利用してメジャーへ移籍。3シーズンを過ごしたデビルレイズ(08年からレイズ)は“投手王国”だったア・リーグ東地区に所属したため、メジャー屈指の好投手と連日のように対峙した。ワールドシリーズ進出を果たした2008年ア・リーグ優勝決定シリーズで、第7戦まで死闘を演じたレッドソックスには、前年に20勝したジョシュ・ベケット、現在カブスのエース左腕ジョン・レスター、ナックルボールの名手ティム・ウェイクフィールドら、錚々たるメンバーが集まっていた。

「あの時はいろんな投手がいたんですけど、ベケットだったり、レスターだったり。ヤンキースだったらアンディ・ペティットだったり、マリアノ・リベラだったり。トロント(ブルージェイズ)にはロイ・ハラデー、AJ・バーネット。当時メジャー屈指の投手が同じ地区にいて、しょっちゅう対戦していたことを、今でも覚えている。非常に誇りに思います」

 2007年からメジャーで過ごした4年で、岩村はレスター(.333)、ウェイクフィールド(.379)と好相性だった反面、ハラデー(.208)、バーネット(.231)、リベラ(.125)らには苦戦した。

 世界には素晴らしいピッチャーがたくさんいる。現状で立ち止まってはいけないーー。岩村がそう肝に銘じた打席がある。1999年、東京ドームでベテラン右腕・斎藤雅樹(現巨人2軍監督)からプロ入り初満塁ホームランを打った時だった。

「八重樫さんに軽く頭を叩かれたのを覚えています(笑)」

「あの時のシーンは自分でもよく覚えている」と振り返るのは、1999年9月24日、巨人戦での4回の攻撃だった。

「ネクスト(バッターサークル)にいる時に(打撃コーチだった)八重樫(幸男)さんに呼ばれて『高めの球だけ待ちなさい』って言われたのに、打ったのはスライダーで低めだったという。まったく言うことも聞かずにホームラン打って、ベンチ戻ってきた時、八重樫さんに軽く頭を叩かれたのを覚えています(笑)。八重樫さんの愛情表現ではあるんですよ」

 斎藤と言えば、巨人のエースとして一時代を築いた大投手。1999年は故障に悩まされた年になったが、それでも当時20歳だった岩村は「東京ドームで斎藤雅樹さんから満塁ホームランを打てたことが、非常に自分の中で『まさか』という部分ではあった」と振り返る。

 もちろん、たまらなくうれしい打席だったが、同時に身が引き締まる思いも覚えたという。

「あの斎藤雅樹さんと対戦するのも、勝負できてホームランを打てたことも、非常にうれしかった。(同時に)『ただうれしいだけではダメだな。これからもこういう素晴らしいピッチャーと対戦していくわけだから』っていうことを覚えた。あのホームランが(自分の意識を)そういうものに変えた部分だと思います」

 NPB、メジャー、独立リーグと、さまざまな舞台で慢心することなく前進し続けた岩村。満塁弾を打たれた斎藤にとって、あの打席が岩村の意識を変え、21年に及ぶプロ生活に影響を与えていたとは、想像すらしなかったことかもしれない。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato

最終更新:4/12(水) 9:21
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