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「感情が無になった」負の連鎖に焦りと不安 復興特需に沸く被災地、実感乏しい現場も

西日本新聞 4/12(水) 11:11配信

 熊本県御船町の女性(57)は昨年10月に失職した。同県益城町にある企業の社員食堂で調理員をしていた。熊本地震後、母(80)が骨折し、介助が必要になった。職場で休暇を請うと嫌な顔をされ、自ら辞めた。

 昨年末、親子で仮設住宅に入った。母がデイサービスに通っている間でも働こうと思うが、時間の融通が利く求人がない。今は生活保護を受給している。懸命に働いてもかつかつだった地震前の日々から、働きたくても働けないぎりぎりの暮らしへ。どっちもこたえる。

 つい、母に手を上げてしまうこともある。母はもの忘れの症状が進み、要介護度は2段階上がった。2人とも離婚をして頼れる身内はいない。

 職探し、介助、次の住まい…。貧困のらせんから抜け出せない焦りと不安の深みにはまる。眠れない、仮設の夜が更ける。「明日なんて来なくていい」。時計の針は午前4時を回った。

工場など5棟が全半壊「感情が無になった」

 従業員に給料を払う金も底を突いた。益城町の吉原食品社長、吉原憲幸さん(55)は地震の直後、従業員14人全員に解雇を告げた。工場など5棟が全半壊した。先代の時代から勤続30年の社員にも離職票を渡した。「感情が無になった」。こみ上げるものに耐えられなくなった。

 漬物を製造販売して約50年になる。主力はキムチ。今やどこでも手に入り、競合する会社も増えたことで売り上げはピーク時の半分に落ちた。銀行に金を借りて社員のボーナスに充てる、じり貧の経営。風味が落ちない製法を工夫するなど、努力を重ねて持ちこたえていた中で地震が起きた。

 約1カ月後、何とか使えた機械で製造を部分再開した。資金繰りは厳しい。それでも従業員7人が戻ってくれた。彼らのためにも歯を食いしばる。

復興特需に沸く被災地 介護現場に実感は乏しい

 益城町で高齢者施設を経営する男性(39)はため息をつく。「これ以上の給料は払えん」。職員たちは週5日勤務、月4回夜勤を入れても手取りは14万円だ。

 地震後、訪問介護やデイサービスの利用者が約20人増えた。入所先が被災して移ってきた人や、仮設住宅で体力や認知能力が落ちた高齢者も目立つ。利用希望者は後を絶たない。

 なのに、肝心の職員を確保できない。地震後、実家に帰るなどして正職員52人のうち10人が退職した。被災者でもある利用者の不調を見逃さないためには、じっくり話に耳を傾ける必要がある。しかしその聞き役は低賃金にあえぎ、全国的に不足する。国による待遇改善もなかなか進まない。

 午前6時。経営側の男性も自ら施設内を巡回し、入所者の起床介助をする。大型トラックが行き交い、復興特需に沸く被災地。介護現場に実感は乏しい。

西日本新聞社

最終更新:4/12(水) 11:11

西日本新聞