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<熊本地震>息子夫婦犠牲・香川の73歳 南阿蘇追悼式へ

毎日新聞 4/13(木) 8:00配信

 熊本地震で長男夫婦を亡くした香川県東かがわ市の漁業、鳥居政次さん(73)が、2人の遺体が見つかった熊本県南阿蘇村を初めて訪れ、「本震」から1年となる16日に営まれる村の震災追悼式に参列する。ショックのあまり、家にこもりがちになり、瀬戸内海で50年来、続けてきた漁にもあまり出なくなった。「いつまでも引きずっていられない。区切りを付けなければ」。自分に言い聞かせながらの供養の旅だ。

 今月上旬の穏やかな晴れた日、政次さんは底引き網漁に出ていた。この時期はワタリガニやカレイが取れるという。「漁師なんだから、海に出ないとだめだ」と気持ちを奮い立たせる。それでも時折、「知らせを受けた時のつらさを思い出してしまう」。心の傷は今も深い。

 昨年4月に旅行で熊本を訪れていた長男の会社員、敬規(たかのり)さん(当時42歳)と洋子さん(同37歳)夫婦が被災したのは、2回目の最大震度7を記録した16日未明の地震。泊まっていた山荘が土砂崩れで流された。熊本県益城(ましき)町などで最初に震度7を記録した14日夜、夫妻は大分県別府市におり、その後、南阿蘇村を訪れていた。

 夫妻は政次さん宅から近い東かがわ市内に住んでいたが、持病で入院していた政次さんは、2人が旅行に出たことを知らなかった。震災後、現地に行った敬規さんの姉2人から悲報を受けた。「夢かと思った。2人とも仕事が忙しくて旅行にはめったに行かなかったのに。私が知っていたら、14日の地震で止めていただろう」

 いずれは敬規さんに漁業を継いでほしいとの思いもあった。「いろんなことに投げやりになってしまった。海に出ても楽しくない。あんなに好きだった海なのに」。人と話をする気になれず、うちひしがれた姿を仲間に見せたくなかった。

 以前は、午前3時に起きて海へ出て、夕方に戻る生活を続けていたが、一時は漁に出る頻度は以前の3分の1以下に減った。それでも時間がたつにつれ、少しずつ漁に出られるようになった。

 一方、数年前からの体調不良もあり、南阿蘇を訪れていないことが心の重荷になっていた。地震から1年が近づき、「固まったままの心が少しほぐれるのでは」との思いから、ようやく供養に行くと決めた。「(敬規さんに)なんちゃ(何も)してやれんかった。つらかったのうって声をかけてやりたい」【待鳥航志】

最終更新:4/13(木) 8:00

毎日新聞