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中居正広、解散しても「環境が変われば考え方も変わる」 元19・岡平健治に助言

サンケイスポーツ 4/13(木) 13:33配信

 2002年に解散したフォークデュオ「19(ジューク)」の岡平健治(38)が12日放送の日本テレビ系「ナカイの窓」(水曜深夜0・09)に出演。解散の真相や現在の活動について明かした。

 「お久しぶりSP」と題した番組で、司会の中居正広(44)と14年ぶりの再会を果たした岡平。19は中居が司会を努めていたTBS系「うたばん」でブレークし、「中居さんがいないと今の僕はない。大恩師」と感謝をする関係でもある。

 「19」は1998年にデビュー。2枚目のシングル「あの紙ヒコーキ くもり空わって」がヒットし、NHK紅白歌合戦にも出場。3枚目のシングル「すべてへ」ではオリコンチャート1位を記録し、2000年には「水・陸・そら、無限大」がシドニー五輪の日本代表選手団公式応援ソングに起用されるなど、活動3年半で約650万枚の売り上げを誇った。

 しかし、02年2月に「音楽性の違い」を理由に解散を発表。3月31日を持って活動を終了させ、岡平は別のバンドへ活動先を移した。

 番組で解散の真相を問われた岡平は、音楽性の違いは理由の30%でしかなく、「70%は周りの取り巻く環境から抜け出したかった」と告白。月給制の契約をしていたため、最初のCD売り上げ200万枚、2億5000万円ほどの印税は手にしなかったという。街中を歩けないような状態にも関わらず、月給10万円、家賃1万8000円の風呂なし共同トイレのアパートに住んでいたと明かした。その後、契約を改め、3枚目シングル「すべてへ」から歩合制に。5000万円の収入となったと環境の変化を語った。

 現在は不動産関係の仕事をする岡平。都内一等地のビルのオーナーで、ビル内のライブスタジオやレコーディングスタジオは自身が起業した会社が運営をしており現在は会長職に。その会社は飲食業やアパレル業など幅広く経営している。さらに個人で資格を取得し、古物取引も行っている。音楽活動は現在も続けており、半年かけ全国ツアーも開催しているという。

 「19」解散後も、岩瀬敬吾(38)とは連絡を取り続けているという岡平。「一度だけ実は19プチ再結成しているんです」とプロデューサーの恩師が亡くなった時に、棺の前で弾き語りをしたことも明かした。中居が「公に復帰すればいいじゃん」と再びの活動を促すと、岡平は「(活動)休止にすればよかった」と本音を吐露。すると中居は「あの時は時代が、周りが、環境がそうさせたんだから」とし、「あれから15、6年…自分達の環境が変われば考え方も変わるし、考え方が変われば青写真も変わって来るわけだから。タイミングが合えばいいと思う」と再結成について持論を展開。岡平はその言葉に「ありがとうございます」と感謝し、涙ぐんだ。

最終更新:4/13(木) 23:25

サンケイスポーツ