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《ブラジル》オダギリジョー主演で『革命の侍』映画化

4/13(木) 6:52配信

ニッケイ新聞

 キューバ革命の英雄チェ・ゲバラの戦友としてボリビア山中で政府軍と戦って亡くなった唯一の日系人、前村フレディ(ボリビア二世、1941―67)の話を2012年2月に連載『ゲバラと共に戦った前村=伯国親族と再会したボリビア子孫』として紹介した。

 フレディの姉マリーさんとその息子エクトルさん(48)が、人物伝『El Samurai de la Revolocion』(スペイン語)を06年にボリビアで出版し、09年にはポ語版『Samurai da Revolucao』(Editora Record)もブラジルで出され、08年には日本でも『革命の侍 チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯』(長崎出版、松枝愛訳、伊高浩昭監修)として刊行された。

 エクトルさんから話を聞くと、フレディの父純吉は20歳でペルーに渡り、ボリビアへ転住した。その数年後に弟の重春もペルーに渡り、こちらはブラジルに転住していた。その辺の話を連載記事の中で紹介した。

 純吉の出身地、鹿児島県揖宿郡頴娃町(現南九州市)は九州最南端だ。1913年10月に紀洋丸でペルーに移住した純吉は最初、カニエテの大農場でコロノ生活を送った。その数年後に弟重春も後を追った。純吉は、前宣伝と違って、まったくお金の残らないコロノ生活に見切りをつけ、ボリビア国ベニ州都トゥリニダーという最貧地に再移住した。

 アンデス山脈の標高5千メートルの山道を徒歩で越えて、ボリビア移民の草分けとなった。県連故郷巡りでも、アンデス越えをしてアマゾン下りをしたペルー日本移民が、6千人もの死者を出したマデイラ鉄道の工事に参加し、何人かが亡くなったという話を聞いた。この時代の日本人はどうしてこんなに生命力が溢れているのか不思議だ。アンデス山脈をものともせず、文字通り、南米中を歩き回った。

 そのエクトルさんが先々週、突然、編集部に現れた。きけば、あの日本語版『革命の侍』を原作にした映画製作が日本で進められており、今年10月に公開される予定だという。この日本キューバ合作の映画『エルネスト』(阪本順治監督)の主演はあのオダギリジョーだという。ちなみに題名の「エルネスト」はゲバラのことではなく、マエムラの別名。

 思えば、今年10月はゲバラがボリビア山中で殺害されてから50周年だ。昨年後半から広島と東京、キューバのハバナなどでロケが行われた。エクトルさんもロケに立ち会い、「オダギリジョーが懸命にスペイン語の練習をして、上手にセリフをしゃべっていた」と感心する。

 阪本順治監督は、タイでの幼児売買春と臓器密売を扱った『闇の子供たち』(08年)、原田芳雄の遺作となった『大鹿村騒動記』(12年)、M資金をめぐる経済サスペンス『人類資金』(13年)などのインパクトのある作品を作り、数々の映画賞をものにしてきた。

 エクトルさんはスペイン語で出版後、08年に訪日し、日本での出版を手伝ってくれる人を探し、09年には翻訳出版を実現した。そこから14年に映画化の話が持ち上がり、関係者がボリビアまで来て契約をしていったという。彼の働きかけが功を奏したようだ。「映画化の話が出た時、母はすごく感動してくれた。生きているうちに決まって本当によかった」。でも、映画化決定のすぐあと母は亡くなった。

 「フレディの話は、僕たち家族にとってとても大切なもの。この4月には再訪日して、今度はテレビドラマ化してくれるところを探したい」と語った。聞けば、エクトルさんはブラジルの親族を頼って、数年前からサンパウロ市ヴィラ・マリアナ区に在住しており、いつの間にかポ語もしゃべるようになっていた。「ブラジルと日本を行き来する生活をしたい」とのこと。この映画公開を機に、日本での日系人への評価が高まることを期待したい。(深)

最終更新:4/13(木) 6:52
ニッケイ新聞