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被災地の今を歩く 土砂崩れの跡、強烈な存在感 地元商店街には活気

西日本新聞 4/13(木) 10:49配信

 最大震度7の激震に2度襲われ、犠牲者が熊本県222人、大分県3人の計225人(11日現在)に上った熊本地震の発生から、14日で1年を迎える。被害が大きかった熊本県南阿蘇村から熊本市へ、被災地の今を歩いた。

【画像】アパートの解体が進み更地が広がる熊本県南阿蘇村の「学生村」

 黄土色の斜面を重機がせわしなく動き回る。熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋のたもと。橋が消えた対岸に見える土砂崩れの跡は、1年がたつ今も山々の間で強烈な存在感を放っていた。

住宅の97%が損壊した益城町

 東海大農学部の学生3人が犠牲になった同村のアパート群。かつて約800人が暮らした「学生村」は解体が進み、息づかいが消えた。「すっきりしてしまったね」。ここで1軒だけ営業している食堂「おふくろ亭」の橋本としえさん(61)はつぶやいた。

 昨年末に仮復旧した俵山トンネルを抜け、同県西原村の農産物直売所へ。道路事情の改善でようやく3月に営業を全面再開した。駐車場は県外ナンバーを含む車で埋まっていた。

 住宅の97%が損壊した同県益城町に立つ。傾いた家屋が林立していた中心部の県道沿いは更地が目立つ。町では熊本市へ続く道路の拡幅計画も進む。「何十年も先を考えれば必要なのかな」と地元の男性(71)。2車線の道路はトラックで混み合い、家屋の解体現場では土ぼこりが舞った。

地震前より歩行者が増えた

 熊本市に入ると、被災の色が徐々に薄まる様子がうかがえる。買い物袋を手にした若者らが行き交う中心部アーケード街。撤去された建物跡は点在するも、休業していた老舗書店などが再開し、活気が戻った印象だ。地元商店街の調査では、復興需要などで地震前より歩行者が増えたという。

 熊本城が視界に入った。傷ついた天守閣は間もなく修復作業が始まる。二の丸広場へ回ると、観光客の団体から韓国語や中国語が聞こえてきた。誰もが、崩れた石垣にカメラを向ける。全面復旧が終わるのは20年後。その間、一部を除いて立ち入り規制は続くが、城内の保安や案内に携わる西允大(のぶひろ)さん(76)は言う。「外からでも城の魅力を伝えたい。修復が終わったらまた来てもらえるようにね」

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞社

最終更新:4/13(木) 10:49

西日本新聞