ここから本文です

元の生活、少しずつ=喪失感は消えず―4カ月後収容大学生の両親・熊本地震

時事通信 4/14(金) 4:36配信

 熊本地震の本震で崩落した阿蘇大橋(南阿蘇村)付近を車で走行中に土砂崩れに巻き込まれ、犠牲になった熊本学園大4年の大和晃さん=当時(22)=。

 県などが中止した後も両親は執念で捜索を続けて手掛かりを発見。遺体は地震4カ月後にして収容された。それから8カ月。両親は少しずつ以前の生活を取り戻しつつあるが、喪失感が消えることはない。

 晃さんは本震の約1時間前に友人宅を出て、自宅へ戻る途中で行方不明になった。県などは捜索したが、二次災害の恐れから昨年5月1日に打ち切った。両親は独力で捜索を続け、7月24日に崩落現場近くの谷底で土砂に埋もれた車を発見。県に捜索再開を訴え、8月11日に遺体が収容された。「時間が止まっていたが、これでようやく動き始めると思う」。この時、父卓也さん(58)はそう語った。

 葬儀を終えた後、卓也さんは休んでいた仕事に復帰した。趣味で所属している地元のバスケットボールクラブも、一周忌まではと参加していなかったが、最近「また始めようかという気持ちが湧いてきた」という。

 母忍さん(49)も昨年10月に職場に戻った。ここ最近は、悲しみに襲われ叫びそうになっても「感情をコントロールできるようになってきた」と話す。「捜索活動中、これだけ報道してもらって(晃さんが生きていて)ひょろっと出てきたら、地下室を造ってかくまわないと、なんて話をしてたんですよ」。少しだけ冗談も言えるようになった。

 しかし、悲しみは今も不意に訪れる。「アルバイトしていたガソリンスタンドの横を通ると、従業員が(晃さんと)だぶって見える」と卓也さんは話す。忍さんは、地震直後に晃さんの発見を祈り作り始めた折り鶴を、今も折っている。「気持ちを落ち着かせるためです」。以前のままの晃さんの部屋を埋める鶴は5000羽を超えた。

 「あの子がいなくなったのは事実。あとは自分たちのこれまでの生活リズムを取り戻すしかない」と卓也さん。「あの子がいた時間とこれからの残されている時間を重ね合わせ、今後の人生を生きていく」と忍さん。自分に言い聞かせるように話した。 

最終更新:4/14(金) 10:02

時事通信