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環境倫理から考える ── 果たして交雑ザル57頭殺処分は妥当だったのか

4/22(土) 10:20配信

THE PAGE

 2月に千葉県富津市、高宕山(たかごやま)自然動物園で交雑ザル57頭が殺処分されました。特定外来生物法に基づいての駆除ですが、この処分をどのようにみるか ── 、環境思想論を専門とする三重短期大生活科学科・南有哲教授が、環境倫理の視点からこの問題を論じます。

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 1回目は、環境倫理における「人間中心主義」と「全体論的な環境倫理学」の2つの思想を紹介、2回目は「人間中心主義」の思想の場合は、この問題をどうとらえるか、展開してきました。最終回の第3回は「交雑ザル殺処分をどう考えるか」と題し、「全体論的な環境倫理学」とそれに批判的な見方から、この問題を深めていきます。

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 では、今回のケースについてはどうでしょうか? まずは全体論的な環境倫理学が提起する問題から見てみましょう。この立場からするならば、数十万年あるいは数百万年にわたる生物進化の過程によって形成されていった種内の遺伝的多様性、あるいはそれを基盤とした種分化のプロセスは、人間活動による撹乱とそれに伴う遺伝的均質化への傾向から可能な限り保護されなければならないということになりますが、この提起は「人間の利益」にどうかかわってくるのでしょうか。

 一つ考えられるのは、その生物種の進化の歴史を解明するための貴重な情報が失われてしまうのを防ぐことです。種内の集団別の、さらには近縁種の間の遺伝子構成の異同を解析し、これに化石などから得られる情報を組みあわせることで、その種の進化や地理的分布の変遷をたどることが可能になりますが、ここで人間の手による遺伝子撹乱が加わると、それが不可能あるいは極度に困難になってしまいます。

 これは自然史の科学的解明という人類の知的欲求の実現に対して、重大な障害を創り出すことに他なりませんが、しかしこのような言い分に対しては、「だから何?」という疑問の声も聞こえてきそうです。生物学の研究者や進化に関心のある人はともかく、そうではない大勢の人にとってはどうでも良い話ではないのか?と。しかし私には、事はそう単純ではないように思えます。

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最終更新:4/27(木) 6:01
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