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「この世界の片隅に」大ヒットでも……クラウドファンディングによる映画制作が「とてつもなく難しい」理由

ITmedia NEWS 4/14(金) 11:50配信

 興行収入25億円、観客動員数190万人突破――アニメ映画「この世界の片隅に」が快進撃を続けている。日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞など映画賞も総なめし、全国でロングラン公演中だ。

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 「ヒットの要素が見当たらない」。企画段階で業界のプロたちにこう評価され、資金調達は激しく難航。当時まだ珍しかったクラウドファンディングを活用し、制作にこぎ着けた。「一般の人々という“エンジェル投資家”によって完成に導かれた。一種の市民映画だ」。プロデューサーの真木太郎さん(ジェンコ代表)はこう話す。

 クラウドファンディングで集めた資金は約3900万円。国内の映画クラウドファンディング史上最高額だ。支援したファン3374人は“宣伝隊長”となってSNSで評判を拡散し、ヒットを後押ししてくれた。

 クラウドファンディングによる映画制作の成功例として語られることも多い同作だが、「クラウドファンディングで映画を作るのはとてつもなく難しく、続く人がいない」と真木さんは言う。なぜか。

●「地味すぎる」映画、なかなか資金が集まらず……

 「この世界の片隅に」は、漫画家・こうの史代さんの代表作を原作にした映画で、太平洋戦争中の1944年、18歳で広島・呉に嫁いだ主人公「すず」の生活を描く。

 監督を務めた片渕須直さんは2010年ごろから構想を温め、広島を何度も訪れるなど企画を進めていたが、スポンサー探しに難航。真木さんが参加した13年時点で、資金調達のめどはまったく立っていなかった。

 「SFやファンタジーなど分かりやすいアニメではなく、戦時中の日常を描く作品で地味だったから」。その理由を真木さんはこう語る。

 スポンサーのめどが立たないまま制作を始めることになり、クラウドファンディングに目を付けた。真木さんは以前からクラウドファンディングについて勉強しており、「いつか使ってみたい」と考えていたという。

 クラウドファンディングで調達した資金を、作品のパイロット映像制作にあてることにした。「紙のプレゼン資料では魅力が伝わりづらい地味な映画でも、パイロット版で動く映像を見せられれば『良い映画だ』と伝わりやすく、スポンサーが乗ってくるだろう」と考えたためだ。

●「集まらない」と言われた2000万円

 支援者への返礼(リターン)はどうするか。映像物のクラウドファンディングでは当時、作品のDVDを返す例が多かったが、完成していない映画のDVDをあげる約束はできない。「最大のリターンは映画を作って見せること。なるべく多くのお金を映画に回すことで支援者の気持ちに添おう」と、低コストながら喜んでもらえ、作品が完成するまで応援してもらえそうなリターンを考えた。

 用意したのは4つ。(1)制作の進ちょくを伝えるメールが届く「制作支援メンバー会員」になる、(2)こうの史代さん描きおろしイラストつきの「すずさんから手紙」が届く、(3)片渕須直監督を囲むミーティングに参加できる、(4)本編のエンドロールに名前をクレジットする――だ。支援額が2000円(税別、以下同)なら(1)(2)が、5000円以上なら(1)(2)(3)が、1万円以上なら(1)(2)(3)(4)がもらえる。

 目標金額は2000万円。映画の入場券は大人1人1800円。それに200円足した2000円を1万人が支援してくれれば――と計算した。クラウドファンディングサイト「Makuake」では当時、大型の資金調達の成功事例が少なく、担当者には「500万円にしてはどうか」と言われたが、「500万円では意味がない」と2000万円で強行した。

●驚きの結果に

 「すずさんの生きた世界を一緒にスクリーンで体験しましょう」――2015年3月、「Makuake」に掲載した募集ページには監督自身による熱いメッセージを掲載。見た人の心をとらえられるよう、文章は何度もブラッシュアップしたという。

 資金が集まったスピードは予想外だった。開始わずか8日後に目標の2000万円を突破。最終的に3374人から3912万円もの支援を集めた。

 1人当たりの支援額も予想外だ。最少額の2000円を支援したのは1000人足らずで、1万円以上が2000人を超えたのだ。1万円以上支援すれば、エンドロールに名前が載る。完成した作品のエンドロールには、2000人以上の名前がずらりと並んだ。圧巻だった。

 「1万円出してくれるのはせいぜい100人ぐらいではと考えていた。エンドロールに2000人も載せることが分かっていれば絶対やらなかった」と真木さんは苦笑。「当時はクラウドファンディングの認知度がまだ低く、支援してくれる人はかなり“濃い”人だったことが、高額の支援につながったのでは。クラウドファンディングにより、お金だけでなくファンの熱量を手に入れられた」と振り返る。

●支援者を“共犯”に

 映画の公開まで1年半。支援者を「制作支援メンバー」と呼んで毎週メールマガジンを届け、マスコミ公開前の素材を届けたり、制作の進ちょくを報告した。支援者の関心をつなぎ止めつつ、制作に参加した気持ちになって応援してもらう……いわば“共犯”になってもらう狙いだった。

 16年11月12日。同作は全国63館で公開され、立ち見客が出るほどの盛況に。評判はSNSでまたたく間に広がり、上映館数・観客動員数とも急拡大。17年3月25日までに興行収入得25億円、動員数は190万人を突破した。

 ヒットの原動力は、クラウドファンディング支援者を中心にした口コミだ。テレビCMを大々的に打つ予算もなく、民放の番組で紹介されることも少なかった同作だが、ファンがSNSで熱心に口コミを広げてくれ、評判が広がった。ネットのレビューは好評ばかり。悪評があまりに少なく「ちょっと気持ち悪いぐらい」と真木さんは笑う。

 同作は「クラウドファンディングにマッチしていた」と真木さんは考えている。地味な映画で監督も著名ではなく、予算も少ないが、作品の密度は高く、作り手の情熱は熱い。判官びいきの日本人気質を刺激し、「自分が宣伝しなくては」と思ってもらえる要素がそろっていた。

●それでも「クラウドファンディングは難しい」

 とはいえ、同作の大成功は「結果論」であり、「クラウドファンディングによる映画制作は、とてつもなく難しい」と真木さんは言う。

 まず、映画の制作資金は最低でも数億円かかる。日本のクラウドファンディングの市場規模で調達できるのは多くても数千万円程度で、制作資金のごく一部でしかなく、確実に集まる保証はない。

 リターンの設計も難しい。未完成の映画制作を支援する場合、金額相当の商品やサービスが受け取れるわけではなく、支援者には「応援したこと」そのものに満足を感じてもらう必要がある。“満足”という実体のないものを、支援者が本当に得られるか。募集側が見極めるのは困難だ。

 支援者に対して「裏切りや期待外れがあってはいけない」という緊張感もある。真木さんは以前、さまざまなクラウドファンディングを支援してきたが、リターンが予定通り届かないこともたびたびあり、そのたびに失望したという。

 「この世界の片隅に」のクラウドファンディングでは「支援者を絶対にだましたり裏切らない」ことを心がけた。「支援者を少しでも裏切ると、作品にや監督に傷がついてしまう」ためだ。支援募集の際は「スタッフの確保とパイロットフイルム制作のため」と目的をはっきり明示。集まった資金をどのように使ったか、メルマガで詳細に会計報告した。

 資金が集まらないこともリスクだが、集まりすぎても問題だという。映画公開後、監督の海外渡航費用を支援を募るクラウドファンディングも実施したが、お金が集まり過ぎてしまったため、急きょ内容を強化した。「クラウドファンディングはあくまで、足りない資金を支援してもらうマッチング。余ったお金をもらってしまうことはあり得ない」。

●お金が集まりにくい作品こそ、みんなが「見たいもの」ではないか

 ただ、「クラウドファンディングとアニメは親和性があると思う」とも。「ファンが濃く、映画やDVD、フィギュアなどにお金を使う」傾向があるからだ。

 「アニメや映像業界でお金が集まりやすい作品は、特定の方程式に乗っていて、同じような作品になってしまう。世の中にない作品にはお金が集まりにくいが、実はそれこそがユーザーが見たがっているものではないか」

 クラウドファンディングは、ファンとクリエイターをマッチングする「C2C」(クリエイターtoカスタマー)プラットフォームであり、“出会いサイトだ”と真木さんは見ている。「ユーザーが目利きするクラウドファンディングは、作品へのユーザーの期待を可視化し、制作者に勇気を与えるエンジンになる」。

最終更新:4/14(金) 11:50

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