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中国の野望に住民ら怒り 中印国境紛争の地・特別取材

産経新聞 4/14(金) 7:55配信

 ■チベット出身「民主主義のインド愛している」

 中国がチベット人を弾圧してきたチベット自治区に隣接するインド北東部アルナチャルプラデシュ州。インドが実効支配する一方、中国が領有権を主張する同州をインド政府は「敏感な地域」として、外国人記者の立ち入りをほとんど認めてこなかった。チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世の州訪問を機に、記者は当局の許可を得て特別に取材した。中印国境紛争の苦い経験を持つチベット出身の住民らは、中国の領土主張に怒りをあらわにしていた。(タワン 岩田智雄)

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 ダライ・ラマが8、9両日、チベット仏教の講演を行った人口1万人余のタワンの競技場。インド全土から集結した、えんじ色の民族衣装姿の約1万8千人が両手を合わせて、話に熱心に聞き入っていた。時折、立ち上がって祈ったかと思うと、両手を伸ばしたまま地面に腹ばいになる「五体投地」を行う人々の姿もあった。会場は次第に独特な雰囲気に包まれていった。

 講話に聞き入っていたタワン在住のソナムさん(82)は、ダライ・ラマが1959年にインドに亡命した際、タワンから近くのセラ峠(標高約4170メートル)まで送り届けた「生き証人」だ。亡命から3年後の62年、中国人民解放軍が実効支配線を越えて侵攻してきたことは今も記憶に焼き付いているという。

 「私の友人は用を足すために森に入り、中国軍が仕掛けた地雷を踏んで、両足を失った」

 その後、インド軍が地雷を除去するまで、森に足を踏み入れる者はいなくなったという。

 タワンよりさらに実効支配線に近いブムラの男性ノルブさん(76)によれば、紛争当時、町が前線になったため住民全員が隣のアッサム州に避難したという。ノルブさんが紛争後、帰宅すると、家財道具や食糧がほとんどなくなっており、インド軍から「中国軍に略奪された」と聞かされたという。

 ◆不意打ちで犠牲

 タワンの町にある「タワン戦争記念館」。鐘を伏せたような形をした慰霊塔の周りには、一帯で紛争中に戦死した2420人のインド軍人の名前が刻まれていた。

 インド軍高官は「インドは中国侵攻を予想しておらず、兵力も限られていた」と述懐する。インドは中国を敵国とみなしていなかったばかりか、国境問題はネール印首相と毛沢東中国国家主席が、外交レベルで話し合うと確認していたからだという。

 タワン在住の元軍人で、当時少年だった男性タシ・ドンドゥプさん(70)も「中国が戦力で勝っていたのは明らかで、インド軍は今と違い、烏合(うごう)の衆だった。とても、ここを守ることはできなかった」と話す。一方で、「中国軍は住民に危害を加えないと約束し、収穫やまき割りまで手伝った」と語り、中国軍が住民を懐柔し、チベット暴動が拡散しないよう細心の注意を払っていたことをうかがわせた。

 ◆政界からも反発

 「私が独立を求めていないことは全世界が知っている」「中国の人は間違った情報を知らされている」

 これまで、チベットの高度の自治を訴えてきたダライ・ラマはタワン講演初日の8日、競技場内での記者会見でこう強調した。また、「中国人は素晴らしい文化的な人たちだが、中国政府の全体主義が大きな損害を与えている」と中国批判を展開した。

 前述のソナムさんも、アルナチャルプラデシュ州の領有権を主張する中国について「間違っている。私の家族は世代を超えてタワンに住んでいるが、統治者が部族の王や英国だったことはあっても、中国人だったことはない」とし、「中国は自国のチベットをいつまでも抑圧し続けることはできないはずだ。私は民主主義のインドを愛している」と強調した。

 中国への反発の声は、政界からも上がっている。

 モディ首相の与党、インド人民党(BJP)所属のカンドゥ州首相は記者団に対し、ダライ・ラマの州訪問に中国が「両国境界付近の平和と安定、両国関係を損なうものだ」と反発していることについて「州と境界を共有しているのは、中国ではなくチベットだ」とはねつけた。

 ◆昨年も一時越境

 中印間では紛争後、目立った衝突は起きていない。しかし、昨年6月と9月には、中国軍が実効支配線を越境し、州内に一時、緊張が高まった。

 越境の背景には、インドが日米と安全保障上の協力を強化していることに加え、インドが目指す原子力供給国グループ(NSG)への参加や、パキスタンに拠点を置くイスラム過激派指導者の国連制裁リストへの掲載を中国に反対され、昨年来、中印関係は悪化しているという事情がある。

 今回、インドがダライ・ラマの州訪問を「宗教的、精神的な活動」と説明し、中国側の再三の中止要求を無視して実行したのも、中国を牽制(けんせい)する狙いがあったのは確実だ。中国も、ダライ・ラマの州訪問は亡命後7回目になるにもかかわらず、「必要な手段を取る」と鋭く反応している。

 インドのシンクタンク、中国問題研究所のツェリン・チョンゾム・ブティア研究員は、「訪問の決行は、インドが中国、そして世界から指示されることなく、州が自国領であることをはっきり主張しようとするものだ。問題は、中国の脅しが確実なものかどうかだろう」と指摘した。

最終更新:4/14(金) 8:18

産経新聞