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ハローワークで監督就任した明桜高・輿石氏「一緒に夢をかなえたい」

スポーツ報知 4/15(土) 8:03配信

 地位よりも夢を追った。ハローワークや学校HPなどで募集された明桜高(秋田)の野球部監督に4月から就任した、帝京三(山梨)前監督の輿石重弘氏(53)が、新天地で奮闘中だ。安定した肩書から離れてまでこだわった甲子園出場を目指し、春夏通算13度出場を誇る伝統校を率いる。チームは14日、秋田市内の同校グラウンドで練習を行った。

【写真】帝京三の監督を勇退後、同校で教頭を努めていた輿石氏

 出身地の山梨から遠く離れた秋田の地で、甲子園出場を静かに狙う。ハローワークでの募集や採用試験など、異色の経緯を経て就任した輿石監督は「伝統校で環境も整っている。遠いところだけど、このチャンスを生かせればと思った」と応募理由を説明した。明桜としては2014年春以降、4人目の監督就任となる。

 昨夏に帝京三監督を勇退後、同校で教頭職に専念していた。だが「野球をやりたい、という思いがあった」(輿石監督)。未練を断ち切れずにいたなか、妻のひと言がきっかけとなった。

 「妻が『こんなのがあるよ』と(募集を)教えてくれた。やれるだけやってみたら? ということだったんでしょう」と輿石監督。その結果、教頭という肩書を手放し、縁もゆかりもない秋田で、再びユニホームを着ることになった。

 就任まで時間があったため、2、3年生部員約40人に作文を書いてもらい、それに顔写真を自ら貼って顔と名前を覚えた。就任してまだ約2週間だが、指揮官は「全員覚えましたよ」とにっこり。現在は学校の敷地内にある寮に住み、選手たちと寝食をともにして絆を少しずつ深めている。

 親友との約束を果たす。3月のセンバツに21世紀枠で出場した、中村(高知)の横山真哉監督(54)は明大の同期。輿石監督は指導者を志すきっかけとして、「2人で甲子園で戦おう、という夢があった」と明かした。明桜は09年夏以来甲子園から遠ざかっているが、指揮官は「選手1人1人が自覚を持って練習している。秋田のレベルはわからないが、優勝する力を持っていると思う」。同期に負けじと、今度は自分が行く番だ。

 就任間もないこともあり、練習メニューは選手たちと相談して決めている。だが練習前に選手たちを集め、意図や目的を確認してから始めるのは“輿石流”だ。「子供たちの力を信じること、可能性を伸ばして上げるのが役目。一緒に夢をかなえたい」と話した輿石監督。地位や肩書よりも甲子園出場を選んだ指揮官とともに、チームは8年ぶりの聖地を狙う。(有吉 広紀)

 ◆輿石 重弘(こしいし・しげひろ)1963年5月21日、山梨・大月市生まれ。53歳。都留高、明大でプレー。大学卒業後に地元へ戻り、母校と帝京三の2校で監督などを歴任。昨夏の山梨大会終了後、帝京三の監督を勇退した。甲子園出場はなし。家族は妻と1男1女。

 ◇明桜(秋田・秋田市) 1953年に前身の秋田短大付が設立。64年に秋田経大付、83年に秋田経法大付と改称され、2007年に現校名となった、男女共学の私立校。野球部は1954年創部。部員数71人。甲子園には春5度、夏8度の計13度出場。最高成績は春が81年の8強、夏が89年の4強。花田富二夫校長。

最終更新:4/15(土) 8:26

スポーツ報知

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