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「まだまだ支え必要」全壊判定の自宅やテントで暮らす人も ボランティア同行ルポ 熊本地震1年

西日本新聞 4/14(金) 10:35配信

 ガタン、ガタン。無数の亀裂を舗装した跡が残る路上を、大型トラックが鈍い音を立てて走る。沿道のプレハブで、住民たちは遠方からの顔なじみを笑顔で出迎えた。熊本県益城町に、熊本地震発生直後から毎週、支援に訪れる福岡市のボランティア団体「夢サークル」代表吉水恵介さん(60)に同行した。「いつもありがとうねえ」。明るい声色の奥底に、失った暮らしを取り戻せない焦りもにじんだ。

 がれきが撤去された更地に、修理されたばかりの石垣が目立つ。3月31日、益城町の中心部、木山地区。「吉水さん、まんじゅう食べていかんね」。快活な声を響かせたのはまんじゅう店「九ちゃん万十」の松原恵美さん(47)。半壊した店舗の改修を吉水さんらが手伝い、昨年10月末、営業を再開した。

 「調子はどう」(吉水さん)。「元気しとるよ。おかげさまで」(松原さん)。吉水さんが「ここのまんじゅうはおいしいけ、俺も食べ過ぎて10キロ太ったとよ」と目を細める。

 復旧が進むにつれ、力仕事を中心としたボランティアは一段落。吉水さんは今、仮設の店舗や住宅を一軒一軒、訪ね歩いている。時には1時間以上、座り込んで話す。

「出て行かないといけない土地に家を建てろと言うのか」

 路上で吉水さんに会釈し、手を上げた男性がいた。40代で7人家族。狭い仮設住宅には入らず、全壊判定の自宅で今も暮らしているという。「仮設以外で生活していると、支援物資は回ってこん。役場の情報も、よく聞き取れん防災無線で流れてるだけ」。困り顔でこぼす。

 なじみの食堂に到着。プレハブの壁は薄く、暖房がかかっていても肌寒い。食堂を経営する70代男性の自宅は、中心部を走る幹線道路「県道熊本高森線」沿い。町の復興計画で拡幅が予定され、いずれ所有地からの立ち退きを余儀なくされる。現在はテント暮らしだが「土地をいくらで買ってくれるとか、具体的な話がない。役場の窓口で聞くと、『今なら新築を建てる許可が出せる』と言われた」と憤る。「出て行かないといけない土地に家を建てろと言うのか」

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最終更新:4/14(金) 10:35

西日本新聞