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上方落語の復興に尽力、林家染丸50回忌

4/14(金) 13:00配信

Lmaga.jp

1960年から40年余り続いた毎日放送の長寿番組『素人名人会』(1955年~60年まではラジオ番組)で、開始当初から亡くなる1968年まで落語の審査員をつとめ、お茶の間の人気を集めた三代目林家染丸さん。彼の50回忌にあわせて6月17日、『三代目林家染丸五十回忌追善落語会』を「天満天神繁昌亭」(大阪市北区)で開催。弟子の四代目染丸らが4月12日、会見を開いた。

【写真】「協会の会館、売ってまうで」と桂ざこば

「えべっさんが百万円を拾ったような」満面の笑顔がトレードマークで、戦後の吉本の看板として活躍した三代目は、1957年にわずか18人で結成された上方落語協会の初代会長。若手だった桂米朝ら、後の四天王の先輩格として上方落語の復興を牽引した。会見で染丸は、「(師匠は)責任を感じていたと思いますし、林家の人数を増やすのが願いでした。今、私には13人の弟子がいて、それを実現できた。一番自慢に思うことです。それも弟子のおかげ」と感慨深げだ。

関西の林家一門は師匠亡き後、たった2人になった時期もあり、辛苦を乗り越えた50年でもある。染丸は「俺だけの弟子やないと言った師匠の言葉が心にしみた」と振り返る。落語界全体のことが三代目の念頭にあったのだろう。「人に気を遣え、というのが一番教わったこと」と言い、その落語家心得は今の一門の陽気な芸とサービス精神に継がれている。

追善落語会では、ともに繁昌亭大賞を受賞している弟子の染二、花丸、菊丸をはじめ、孫弟子が三代目染丸の得意ネタを継承して披露。また特別ゲストとして、三代目がそのセンスを見込んで吉本入りを勧め、のちに吉本の大看板となった笑福亭仁鶴が出演し、思い出話を語る予定だ。チケットは1階席3500円、2階席3000円で、4月17日から発売される。

取材・文・写真/やまだりよこ

最終更新:4/14(金) 13:06
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