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3作3様、国境地帯にスポット当てた作品目立つ

日刊スポーツ 4/14(金) 10:13配信

 最近はシリアや北朝鮮に矛先を向けているトランプ政権だが、米国民にとっては身近なメキシコの方が喫緊の課題なのだろう。国境地帯にスポットを当てた作品が目につくようになった。

 「ゼロ・グラビティ」(13年)のアルフォンソ・キュアロン監督が総指揮、「ゼロ-」で脚本を担当した長男のホナス氏が監督した「ノー・エスケープ」(5月5日公開)はその典型だ。

 見渡す限り荒涼とした砂地の中で米国国境を目指す中型トラック。幌の中には不法入国を目指す15人のメキシコ人が乗っている。トラックが故障し、15人は「越境業者」の案内で歩いて国境を越えることになる。米=メキシコ国境は3152キロに渡り、このような砂漠地域では形ばかりの有刺鉄線が張られているだけだ。

 難なく米側に入った一行は、突然見えないスナイパーの手によって1人また1人と倒されていく。不法移民に独り怒りを募らせる「民間人」のスナイパーは調教された猟犬をパートナーに移民たちを追い立て、腕もいい。どうやら軍歴があるようだ。

 ゆるい国境警備やこの男のような自警団的存在は、7年の準備期間にこの地域で体験談を集めたホナス監督自身の取材に基づくものだという。男の日常生活もさりげなく描写される。移民を憎悪する理由はあるに違いない。だが、笑うでもなく、目に狂気を宿すでもなく、淡々と職務をこなすように引き金を引く姿が恐ろしい。「赤いドレスの女」(81年)でデビューしたジェフリー・ディーン・モーガンが好演している。

 米国に残した1人息子との再会を楽しみにする男性、親の希望で「安全な米国」に脱出しようという若い女性…メキシコ人たちの背景もしだいに明らかにされ、息苦しい逃走劇では否応なく移民側に感情移入させられる。移民のリーダー的存在としてメキシコの若手スター、ガエル・ガルシア・ベルナルが決死の形相を見せる。

 ホナス監督は作品資料の中で、影響を受けた作品にスピルバーグの「激突」(71年)やコンチャロフスキーの「暴走機関車」(85年)を挙げている。限定的な状況や空間での息詰まる恐怖と対決。生々しい現実を下敷きにしているので、軽々に語るわけにはいかないが、自然が造り上げた砂漠や岩山の迷路のような空間でのやりとりは、確かに重なるものがある。

 ライフルの名手と武器を持たない移民たちとの対決を可能にするからくりのような地形がこの映画のミソである。設定に相応しい地形を目指し、米南部各州やメキシコはもちろん、スペイン、モロッコまで、ロケハンだけで2年半を費やしたという。

 余分な要素はすべて削り取るが、残された細部には徹底的にこだわる。宇宙空間からの帰還という題材をシンプルに際立たせた「ゼロ・グラビティ」に連なる手法だ。

 舞台となった黄褐色の大地は血、汗、さらにはじわっと人情を際立たせ、おまけにこちらは手に汗を握る。説明が少ない分だけ、想像させられ、考えさせられる。キュアロン親子はそろって「余白」の使い方がうまい。

 6月10日公開の「ある決闘-セントヘレナの掟-」は19世紀にさかのぼった国境地帯が舞台だ。互いの左手を布でつなぎ合わせ、右手に持ったナイフで死ぬまで戦う「ヘレナ流決闘」が物語の軸に据えられているが、メキシコ人への差別にカルト的宗教も絡ませて骨太な作品に仕上がっている。

 今に至る米国=メキシコ間の微妙な意識や国境のそもそもの成り立ちについても教えてくれる作品だ。出演はリアム・ヘムズワースとウディ・ハレルソンの個性派対決となっている。

 一方、SFでも「国境」が大きな要素になった作品がある。

 「Xメン」シリーズの最新作として6月1日に公開される「ローガン」だ。独特の世界観を突き詰めた上に現代の高齢化社会も映して見応えがある。近未来の米国ではヒュー・ジャックマンふんするミュータントたちが米国内で徹底的に追い詰められ、目指すは「国境」というわけだ。

 3作3様のスポットの当て方だが、どの作品でも問題は国境の外より内にある。トランプ大統領にとっては面白くないかもしれない。【相原斎】

最終更新:4/14(金) 11:56

日刊スポーツ