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<熊本地震1年>母の分まで生きなければ 追悼式で前向く

毎日新聞 4/15(土) 12:21配信

 熊本地震で母山内由美子さん(当時92歳)を亡くした熊本市中央区の坂田由理子さん(69)は15日、熊本県益城(ましき)町の追悼式に参列し、亡き母を思った。自宅2階で何とか助かり、1階で寝ていた山内さんを失った。地震の1年前からは仕事を辞めて山内さんの介護に専念し、これからも恩返しをしようと思った矢先。「もっと一緒にいたかった」と突然の別れを今も悔やむ。

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 昨年4月16日未明、益城町の自宅2階にいた坂田さんは強い衝撃を受け、地面に滑り落ちるような感覚に見舞われた。1階で寝ていた山内さんの無事を確認しようとしたが、階段がつぶれていた。暗闇の中、「うーん」という山内さんのうめき声が聞こえ、「お母さん」と何度も叫んだが、その声は間もなく途絶えた。窓から外に出た。初めは真っ暗で何も見えなかったが、夜明けと共に1階がつぶれた家が見えた。母の死を覚悟した。

 山内さんは、仕事で家を空けることが多い坂田さんの2人の子供の面倒をよく見てくれた。穏やかな性格で俳句をたしなみ、新聞に投稿しては掲載されると喜んだ。山内さんは年と共に足腰が弱り、坂田さんは2015年6月に介護に専念するため退職した。

 坂田さんが料理を作り、母の口元まで運んで食べさせていた。母は「水戸黄門」など大好きな時代劇をテレビで見ては、笑顔を見せていた。物静かな母だったが、ある時、坂田さんがお風呂に入れていると申し訳なさそうに「長生きしてごめんね」とこぼした。

 昨年4月14日夜の前震で食器などが割れたが、家に目立った被害はなかった。坂田さんは、山内さんと車の中で一夜を過ごし、15日には家に帰った。「テレビがつかないね」。その夜、母に話しかけたのが最後の会話となった。

 坂田さんは現在、熊本市内の「みなし仮設住宅」で暮らす。スーパーに買い物に出かけては「母が大好きだった肉料理をもう食べさせてあげられないんだ」と思い、寂しさがこみ上げる。だが、坂田さんは必死で前を向く。心の底から「長生きしてほしい」と願った母の分まで生きなければと思う。【中里顕】

最終更新:4/15(土) 14:16

毎日新聞