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<熊本地震1年>益城町と西原村で追悼式 

毎日新聞 4/15(土) 23:43配信

 熊本地震の被災地は16日、2度目の震度7を観測した本震から1年を迎える。震災関連死を含め37人が亡くなった熊本県益城(ましき)町と8人が犠牲になった西原村では15日に追悼式が営まれた。

 益城町文化会館であった追悼式には390人が参列。遺族を代表し、長女河添由実さん(当時28歳)を亡くした母登志子さん(57)が「生活を一変させたこの土地は、豊かな実りを与えてくれる大切な古里です。悲しみとつらさを乗り越えながらどこよりも防災に強く人が支え合う豊かな町になるはずです」と語った。

 約300人が参列した西原村の追悼式では、父内村政勝さん(当時77歳)が亡くなった次男勝紀さん(47)が「父は残念ながら帰らぬ人となったが、村の人たちは不自由な暮らしに耐え、復興のつぼみを開かせようとしている」と述べた。

 熊本地震では14日の前震で9人、本震で41人が亡くなり、震災関連死を含めた犠牲者は225人に上った。【杉山恵一、取違剛】

 ◇遺族代表のことば

 熊本県の益城(ましき)町で15日に開かれた熊本地震犠牲者の追悼式で、長女河添由実さん(28)を亡くした母登志子さん(57)が遺族を代表して述べた追悼のことばは次の通り。

             ◇

 あの日、1年前の4月15日。

 前日に起きた地震の余震におびえながらも、私たち親子は、明日もあさっても当然のように、決して離れずに暮らせると信じて疑いませんでした。

 けれどその日が、家族全員が一緒に過ごせた、最後の日となってしまったのです。

 地震の後片付けに追われ、私たち家族は、暗い台所で懐中電灯の明かりを頼りに、寄り添うようにしてカップ麺を食べていました。

 ラジオに耳を傾けながら麺をすすっていると、真っ暗だった家に明かりが灯りました。「九電ってすごいね」娘はそう言って、無邪気に笑いました。

 それでも私は余震の恐怖におびえていました。「2、3日は車の中で寝ようよ」と言う私に「大丈夫だから」と、夫と息子、そして娘は家の中で寝ることにしたのです。そして私だけ、トラックの荷台で眠りにつきました。

 16日の午前1時ごろでした。のどの渇きを覚えた私は、一旦家の中に入りました。水を飲みながら「揺れも感じないし、静かね。私の取り越し苦労だったかもしれない」そう思い、私は再びトラックの荷台に戻りました。そしてその数分後、再び、あの震度7の本震が襲ったのです。

 荷台で激しく揺さぶられながら私は、今、起きている事実を把握することができませんでした。揺れが収まった後、暗闇の中の視界に映ったのは、無残に壊れた家の姿でした。

 くずれた家の2階の窓から、主人と息子が、娘の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのです。

 私は無我夢中で娘の姿を探しました。そしてくずれ落ちた天井と床の間の1メートルほどの隙間(すきま)に、娘はマットレスごと飛ばされて横たわっていたのです。

 娘の体に傷はなく、一瞬、気を失っているのだと思いました。3人で「起きろ、起きろ」と娘の名前を呼び続けました。けれど、娘は二度と目を開けることはありませんでした。

 一瞬にして私たちから、いとおしい娘を奪った熊本地震。やり場のない怒りと深い悲しみ、そのつらさと、後悔は筆舌に耐えません。

 そしてこの地震で、大切な伴侶、慈しみ育てた子ども、親きょうだい、優しいおじいちゃんやおばあちゃん、大切な友だちを亡くされた方も多くいらっしゃいます。

 私たち遺族にとって失ったものはあまりにも大きく、ぽっかりと空いた心の穴が埋まることはありません。

 避難所で、ハウスの中で、小屋の隅で、命をつないだ多くの人たちの「生きる本能」に、人間の強さを見た気がします。そして、人の優しさや思いやりに支えられながら過ごした1年です。

 悲しみは癒えることはありませんが、私たちが、前へと歩いて生き抜くことこそが、この地震で命を落とした娘や、亡くなられた犠牲者への供養だと思います。

 現在、解体が進む益城町では、更地が広がりながらも、新しい家も建ち始めています。かつての家並みはなくなっても、また新しい町の姿が生まれようとしています。

 2度の揺れで私たちの生活を一変させたこの土地は、また、豊かな実りを与えてくれる大切な古里です。

 多くの悲しみとつらさを乗り越えながら、きっと益城町は、どこよりも防災に強く、人が温かく支え合う豊かな町になるはずです。

 例年より遅れて咲いた桜が、数日前の嵐にも負けず咲いています。「がんばれ」と背中を押してくれている気がします。

 最後になりましたが、地震直後から、全国から駆け付けてくださった警察、消防、自衛隊の方々、ボランティアの方々、全国の自治体及び役場の職員の方々、そして寄せられた多くの皆様のご厚意に、深く、深く感謝申し上げます。

 また、ご自身も被災しながら、人命救助、避難所運営、炊き出しを行っていただいた、区長、消防団を始めとした地域の皆様にも感謝申し上げます。

 今回の熊本地震でお亡くなりになられた、全ての皆様のご冥福をお祈り申し上げ、追悼のことばといたします。

最終更新:4/15(土) 23:54

毎日新聞