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プロレス解説者・桜井康雄さん、通夜に300人が参列

スポーツ報知 4/15(土) 20:51配信

 昭和の新日本プロレス全盛期にテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」の解説者を務め10日に亡くなった東京スポーツ元編集局長の桜井康雄さん(享年80)の通夜が15日、神奈川県厚木市のJAあつぎ第2グリーンホールでしめやかに営まれた。

 通夜には、新日本プロレス元営業本部長の新間寿さん(82)、桜井さんとのコンビで新日本プロレスの実況を務めていたテレビ朝日の元アナウンサー、舟橋慶一さん(79)ら約300人が参列した。祭壇に飾られた遺影は両手を組んで柔和な笑顔を浮かべた姿で長男の裕之さん(51)によると喪主で妻の登美枝さん(77)が「解説をしている時に両手を組んでいる姿が好きだったので、それを思い出す写真を選びました」と明かした。

 裕之さんによれば、桜井さんは昨年から体調を崩し年末に退院したものの、年明けから再び入院し闘病生活を送っていたという。亡くなる2日前には「桜がみたいな」と話すほど、元気だったというが10日に体調が急変したという。病室で孫の謙太朗さん(18)が手を振った時に「謙、謙」と呼びかけたのが最後の言葉だったという。

 プロレス記者、そしてテレビの解説者として活躍した桜井さん。「家族にとってもプロレスは生活の一部でした。私が小さい時から、新間さん、藤波辰爾さん、佐山聡さんと旅行に行ったりしていました」と裕之さん。戒名は「顕櫻院報道康寧居士」。「生涯現役記者」を自負した桜井さんを表すように「報道」の2文字が戒名にも入った。

 斎場に初代タイガーマスクの佐山聡、テレビ中継で桜井さんとコンビを組んだ古舘伊知郎アナウンサー、永田裕志らから弔花が届けられていた。参列した舟橋さんは「新日本プロレスの第1回の放送が桜井さんの出身地だった宇都宮からでした。この時、“日本のプロレスの夜明けです”というフレーズから入ったんですが、様々なアドバイスをいただいた。格調高い解説、素晴らしい人柄は忘れられません」としのんでいた。

最終更新:4/15(土) 20:51

スポーツ報知