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東出昌大さん×デザイナー町口覚さん 特別対談 「命と出合う旅でした」

産経新聞 4/15(土) 19:40配信

 ナイフでイノシシをさばき、霊山に登り、漁船で荒海に-。俳優の東出昌大(ひがしで・まさひろ)さんが、冒険的な要素にあふれたロードムービーを思わせる写真集『西から雪はやって来る』(宝島社、2980円+税)を刊行した。同書を企画したデザイナーの町口覚さんと東出さんが、撮影のために過ごした8日間の旅についてインタビューに応じてくれた。(聞き手 文化部 篠原知存)

 《撮影を担当したのは写真家の田附勝(たつき・まさる)さん。田附さんは、木村伊兵衛賞を受けた写真集「東北」以降、現代文化のありようを見つめ直すように、狩猟や漁労に生きる人々の姿を追い、縄文遺跡を撮影してきた。その現場に東出さんをいざなったのが今回の撮影の旅だ》

 --書店が置く棚を迷うような、ユニークな本ですね

 町口「書店の風景を変えるような本を作りたい、という思いはありましたね」

 --東出さんは、俳優としてこの仕事を受けたと思うのですが、自分自身をさらけだすような内容。戸惑いなどは

 東出「お話をいただいたときには『どういうこと?』って。町口さんと田附さんと伊賀大介さん(スタイリスト)とお会いして、何を作るのかはわからないけど、ウソのないものを作ろうっていうことは理解できました。被写体として…という感覚はあまりなかったですね。素晴らしい経験ができれば、と撮影に臨みました」

 --撮影の際、演技は一切なかったのですか

 東出「テーマは『感じる』。感じるには純粋にならないといけないし、事象に対して答えを用意することもできない。つまり、自意識を捨てようと考えました。しかし、本当に演技がなかったかというと難しい。カメラを持った人がそばにいると自然と…。ただ、そういうとき、田附さんはシャッターを切らないんです」

 町口「ほんと撮らないね」

 《東出さんは、この旅の初日、群馬県みなかみ町でワナにかかったイノシシと向き合った。沢まで引きずっていって腹を割き、内臓を抜き、解体した》

 --演技では、なかなかイノシシはさばけないですよね

 東出「何の準備もできませんでした。衝撃的でしたね。自宅を出てわずか数時間後のことでした」

 町口「『感じる』って意外に難しい。だから、感じさせてくれる人を行く先々に準備したんですよ。イノシシの場面では猟師さん。僕と田附は、その人たちと東出君がコミュニケーションするところをずっと見ていた」

 --猟師さんと話をするわけですね

 東出「1日中一緒にいるんです。朝お会いしたら、夕飯も一緒に食べて。山に向かう車内でずっと2人っきりで話したり。『狩猟やめようと思ったこともある』って。どうしてですかって聞くと『殺しすぎた』って。命っていう壮大なものと出合う旅になるとは、思ってもいませんでした」

 町口「『命』が導き出されたのは、今回のチームワークだとか、田附の写真の力だとか、出会った人々の力だとか、東出君の感じ方だとか、あくまで結果です。最初から命についての本を作ろうと思っていたわけではないし、そういうことを狙った本はダメでしょう。『感じる』を追求したら、生きるっていうことだね、命っていうことだねっていう結果になった」

 《この写真集は、力強い写真群と東出さん自身が記す言葉が共鳴する生々しいドキュメンタリーになっている。「狭いところで生きている。生かされている」という巻頭の一文にはじまって、8日間の旅を通じて、東出さんは死生観や世界観と響き合う言葉をいくつも紡ぎ出した》

 --写真集につづられた言葉がいいですね

 町口「東出君にお願いしたのは、感じてくれ、ということ。そして、忘れないよう、日記をつけてほしいと」

 --どういうことを書いていたんですか

 東出「景色のこともありますし、感情を言葉にしてみようと思ったり。1日1時間半ぐらいは日記に費やしていました」

 --でも写真集に掲載された言葉は、日記から書き写したのではなく、新たに書き起こしたとか

 東出「マケット(写真集のダミー)ができあがったときに、日記を見ないで書いてほしいと言われました。町口さんの狙い通り、日記を書くことで、感情が血となり肉となっていたので、それをもとに新しい言葉を書きました」

 町口「田附の写真だけで構成したマケットを、言葉を書き込んでほしいと渡したんですよ。体験を“身体化”させてから出てくる言葉って、強度があるから」

 東出「佐内正史さん(写真家)から、写真集をいただいたんです。そのときに『読んで』って言われたのを覚えていて、旅の間に町口さんに話したら『そう、写真集は読むものなんだよ』って」

--写真を“読む”

 東出「美術館で作品と向き合ったとき、単に色彩を“見る”だけではなくて、作品を“読もう”とする人は多いと思うんです。田附さんの写真は、見るだけではなく読もうと思った瞬間に何十倍にもふくれあがる。俳優が出した写真集だからとページを開いてくださる方がいるでしょうが、写真集は“読む”ものだと認識するきっかけしていただければいいなと思います」

 町口「写真集って、読もうとするだけですごく世界が広がる。“読む”ためにも写真に添えて東出君に書いてもらう言葉は、すごく重要だった」

 東出「正直いうと、言葉にすることに気恥ずかしさがあって、田附さんの写真だけで出してほしいと生意気なことも言ったりしたんですけど(笑)、嘘のない29歳の旅がここに詰まっているので、10年後に見返しても得るものはあると思っています」

 町口「僕は海外を回って写真集を売り歩いてるけど、世界に持っていける本ができました。東出君という俳優を知らない人が見ても、ちゃんと感じてもらえるはず。翻訳してアジアでも出版したい。中国でも韓国でも、俳優のこういう写真集はないと思う。どう響くのか知りたい」

 --「自分が不健康に思えて、仕方のない旅だった」という言葉がありましたが、リフレッシュできましたか

 東出「リフレッシュというより、リボーン(生まれ変わった)という感じですね。出会った人とは、やり取りが続いています。素晴らしい方々。日記もつけ続けています。どんなに忙しくても、食べたものは必ず思いだして書こうって」

 町口「食べた物を書いてるの? あれ読んだ? 武田百合子(1925~1993年)の『富士日記』(山梨県に山荘を購入してから夫が亡くなるまでの日記を清書した作品)。武田泰淳(1921~1976年)っていう作家がいて、その嫁さんなんだけど、あれ、めっちゃ好きなんだ」

 東出「あ、読みます。自分の場合は、まだ、まとめるようなものではないんですけど、こんなに悠久のものに正面から向き合う時間って、なかなかなかった。それは、不健康なことでした。そこに向き合うのはおっくうですけど、人生を豊かにすることになると気づきました」

 --この写真集を「読む」ための、ヒントはありますか

 町口「たとえば、伊賀大介が作ったストール。1枚目の写真がこれですよ。東出君の写真集なのに、なんなの、このボロ切れって思われるでしょう(笑)。でも、ずっと写真集を読んでいくと、これが狂言回しになっているんです」

 東出「ここでだけ答えを言っちゃいますが、このストールの赤色の部分は、田附さんの写真集『東北』(木村伊兵衛賞受賞作)に出てくるイクラの写真をプリントしてあり、全体はサケになってるんです」

 --あっ、そうなんですね

 町口「このストールを毎日、川につけたりとか縄文の泉につけたりとか、そうやっていると、また、だんだんいい味が出てきて。伊賀のストールは、この写真集の核といっていいですね。最後は太平洋に放流しました」

 東出「欲しかったんですけど(笑)。田附さんは、津波で太平洋に流された鳥居を米ポートランドまで撮りに行ってましたけど、このストールもあっちまでいくのかなあって、見送ってました」

 町口「いや、これだったら本物のサケになって戻ってくるよ。東出君もそうだろうけど、僕にしても田附にしても、素晴らしい旅でした」

 --20年後にもう1回どうですか

 町口「いえ、3人でずっと言ってました。これ、最初で最後にしよう」



 16日から東京・原宿のイベントスペース「VACANT」で写真展も開催



 東出昌大〈ひがしで・まさひろ〉1988年、埼玉県生まれ。2012年に映画「桐島、部活やめるってよ」で俳優デビュー。NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」で注目を集める。映画「聖の青春」など、その後もテレビや映画で活躍中。

 町口覚〈まちぐち・さとし〉1971、東京都生まれ。森山大道、荒木経惟など日本を代表する写真家の写真集をはじめ、映画や演劇のグラフィックデザイン、文芸作品の装丁などを幅広く手がける。マッチアンドカンパニー主宰。

 田附勝〈たつき・まさる〉1974年、富山県生まれ。東北の人々や文化を9年かけて撮影した写真集「東北」で木村伊兵衛写真賞。他の写真集に「DECOTORA」「その血はまだ赤いのか」「KURAGARI」「魚人」など。

最終更新:4/15(土) 19:40

産経新聞