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シリア人母の苦悶 無数の遺体写真を閲覧、ついに知った息子の死

4/15(土) 10:01配信

The Telegraph

【記者:Eleanor Steafel】
 シリアのマリアム・ハラック(Mariam Alhallak)さんにとって、息子のアイハム(Ayham Alhallak)さんは宝物だった。首都ダマスカス(Damascus)郊外の村に家を購入しようと、自身は校長、夫は教員として、共働きに精を出していたマリアムさんが高齢になってから授かった、奇跡の赤ちゃん。無邪気な男の子だったアイハムさんが、快活で知的な若者に成長し、ゆくゆくは医師になって一家の自慢の種になろうとしている姿を見守るのは、マリアムさんの人生の大きな喜びの一つだった。

 ところがアイハムさんが25歳になる頃までには、マリアムさんの世界はずたずたに切り裂かれてしまった。小学校から大学まで優秀な成績を収めていたアイハムさんが、バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)政権が国内に敷いていた恐怖政治に怒りを募らせるようになり、多くのシリア人の若者同様、2011年の「アラブの春(Arab Spring)」に続く反政府運動に参加するようになっていた。

 1年後、アイハムさんは人権団体「メディアと表現の自由のシリアセンター(SCM)」で働き始めた。SCMは、当局に逮捕されたり、行方不明になったりした大勢の市民の記録をまとめる活動を行っていた。

 この頃までにシリア政府は、反対勢力の口封じと懲罰のため身柄拘束を常とう手段とし、大規模に展開していた。アイハムさんも2012年2月に逮捕され、アサド政権に歯向かった罰として秘密の留置場に入れられ、他の大勢のシリア市民と同じように「勾留中の行方不明者」になった。

 居ても立ってもいられなかったマリアムさんは、アイハムさんが送られたとされる収容所を何とか突き止めて66日間通いつめ、息子はいつ釈放されるのか、息子に会えないかと守衛らに尋ね続けた。

 マリアムさんの話では、アイハムさんが医師で、しかも地元がアサド派の村だったからという理由で、アイハムさんは毎日殴打されていたという。別の刑務所に移送されて面会が許され、息子のやせ細った姿を見たマリアムさんは、思わず泣き崩れた。

 21日後、アイハムさんはようやく釈放されたが、疥癬(かいせん)を患い、体中を殴打され、特に腎臓を痛めつけられていた。マリアムさんは、「出てきてから、息子は一言も話しませんでした。眠れば悪夢にうなされ、恐怖で跳び起きる様子も目にしました」と振り返った。

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最終更新:4/15(土) 10:01
The Telegraph