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【かながわ美の手帖】成川美術館 「岡信孝~ふりむいて今~」

産経新聞 4/16(日) 7:55配信

 ■描くなら人間を磨け 教え守り写意を表現

 穏やかな陽光の下、坂道で感じた風、白い土塀に映る木々の陰影に「何人もの人々がこの坂を行き来したことだろうか」という思いが胸を突く。早春の京都・東山。歴史深いこの地を歩き、路傍に咲く草花に生命(いのち)を感じて心に浮かんだ詩情を残そうと、日本画家の岡信孝(85)は、仏教でいう「自然(じねん)」を筆に込めてきた。成川美術館で開催中の「岡 信孝~ふりむいて今~」では、岡が描く「自然」を見ることができる。

 ◆祖父に師事して

 日本家屋の床の間に飾る日本画を「床の間芸術」と嫌い、「健剛なる会場芸術」と称して、美術展の会場を埋め尽くすダイナミックな大型作品を目指した日本画家、川端龍子(りゅうし)は弟子で孫の岡に、人間(性)を磨け、そして徹底して自然を観(み)よと教えた。

 岡が目指す「自然」は、形を写すのではなく、形の奥にある精神的なものを引き出すことにある。つまり引き出した神聖で荘厳なもの全てを指している。

 岡は「絵を描くというのは、花なら花の形を描くことではないんですね。花のもつ生命を描く。日本の心みたいなものを描く。そうしたものを含めて自然といっているんです」と述べており、そのためには、自分を育てていかないと描けないとしている。

 富士を描くことは、龍子からある年齢に達するまでしてはいけないと禁止されていた。60代になり、ようやく富士を背景にした「遠(とお)富士」を描き始め、80代で富士に到達した。それが「桜花不二図」だ。

 雲海に映える富士の白い峰の上に金色の大空が光り輝き、麓には桜の枝が春を添える。金色の大空は「富貴紅白図」に連なり、大地に自生する紅白の牡丹(ぼたん)の葉と茎、地面の影を墨で表し、落ちた1枚の花弁が余韻を感じさせる。

 盗み見て覚える

 先の大戦中、中学生だった岡は、父に言われて防空壕(ごう)内で数枚の絵を描いた。その絵を見た龍子は岡の父に「日本画に向いている。俺のところに寄こせ」と語り、岡は龍子の書生となる。

 美術学校と違い、ひと月に1枚ずつスケッチを描くのが課題で、仕上げたスケッチに龍子は「駄目だよ」というだけで、岡は龍子の筆を盗み見ては覚える日々だった。

 そんなある日、龍子は庭から取ってきたビワの葉の描き方を岡に見せ、「ビワを描いておけ」と言い残して旅に出てしまう。1週間後に帰宅した龍子は、岡のデッサンに驚いた。弟子の前で「(岡は)すでに芸大を卒業したほどの実力がある」と言わしめるほどだったという。

 以後、龍子が主宰する青龍社展で作品発表を続け、審査員である社人を務めたが、昭和41年に龍子が逝去すると、龍子の遺言通りに岡は青龍社を解散。個展を中心に無所属で活動してきた。龍子の教えを守ってきた岡の花鳥画には、写実を基軸に自然の情趣を含めた「写意の世界」が表現されている。

 85歳を迎え、岡は一つの言葉をつかまえた。「いいなあ」という言葉だ。

 「草や葉の硬さ、軟らかさ、そして匂いも分かってくる。それが、『いいなあ』という感覚につながる。それさえ分かったら、本能的に描いていく。花や風景で心を出せばいいんです」 =敬称略

 (柏崎幸三)

                   ◇

 「岡 信孝~ふりむいて今~」は、成川美術館(箱根町元箱根570)で6月14日まで。午前9時から午後5時まで。年中無休。入館料は一般1300円ほか。問い合わせは同館((電)0460・83・6828)。

最終更新:4/16(日) 7:55

産経新聞