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「朝まで生テレビ!」30年(上)「朝生」の功罪 田原総一朗が振り返る

産経新聞 4/17(月) 9:00配信

 「朝生」の愛称でもおなじみのテレビ朝日系の討論番組「朝まで生テレビ!」が4月で放送30年を迎えた。天皇論、原発、新興宗教…。タブーとされたテーマに切り込み、「言論の場」としてテレビの存在感を高めた功績は大きい。ただ近年は、時代の変化から勢いの衰えを指摘する声もある。名物番組がメディア史上で果たした役割を考える。

 「冷戦が終わると論争の質が大きく変わる。番組にすれば面白いと思った」。番組の立ち上げに関わり、司会を務め続けてきたジャーナリスト、田原総一朗さん(83)は振り返る。初回の放送は、冷戦終結の兆しが見えていた1987年4月24日。中曽根康弘政権の功罪を特集した。番組は今月28日の放送で361回を数える。

 最大の功績は、タブーのない「自由な言論の場」をテレビに確立したことだろう。昭和天皇の病状悪化が伝えられた88年、自粛ムードの中、天皇論を取り上げた。その後も部落差別、新興宗教、暴力団など当時のテレビが扱わなかったテーマで、当事者を粘り強く説き伏せスタジオに呼んだ。台本はあるが、「ズタズタになることがほとんど」と田原さん。真剣勝負の論争だけでなく、放送中に出演者が怒って退席するなどハプニングにも事欠かず、知的さとエンターテインメント性を兼ね備えた刺激が視聴者を引きつけた。

 共感、反感、感心、憤り、あきれ…。出演者の放つ「論」に対して、視聴者はさまざまな感情を抱き、討論を疑似体験できる。そんな構成も長寿番組となり得た一因だろう。番組の鈴木裕美子チーフプロデューサーは「視聴者に考えるきっかけを提供したい。今あることを疑えと」と説明する。深夜にもかかわらず、放送中に毎回約1千件の意見が寄せられる。「視聴者も第三の出演者のような位置づけ。応援しながら見てくれている」

 番組からはスター論客が生まれ、論壇を活性化させた。この番組の「功」といえる。映画監督の大島渚さん(故人)や作家の野坂昭如さん(同)といった戦争を知る常連出演者の「理屈抜きの反戦」(田原さん)は重みがあった。新進気鋭の文化人も活躍し、前都知事で国際政治学者の舛添要一さんや、経済人類学者の栗本慎一郎さんらも広く知られるようになった。

 一方で、スターの創出を否定的に捉える見方があるのも事実だ。「この番組で知名度を得て政治家となった人は少なくない。出演者の知名度向上に利用された側面があったことは否めない」。1993年以降、出演を重ねている評論家の潮匡人(うしお・まさと)さんはメディアとしての「罪」の部分をそう指摘する。

 潮さんは番組の変容も指摘する。「1980年代末から90年代前半にかけてのワクワク感が薄れている」。現在の朝生についてこう述べ、その理由を「当時に比べて思想的な対立が減り、議論のタブーもなくなった。論壇の退潮が影を落としているのかもしれない」と分析する。さらに社会の情報化による影響も避けられない。上智大の碓井広義教授(メディア文化論)は「誰もがインターネットで日常的に多様な情報にアクセスできるようになった。かつて朝生でしか見られないという『言論』の特別さが失われた」と指摘したうえで、次のようにエールを送る。

 「朝生の本質は『誰が何を語るのか』だ。テレビのあり方が変化を迫られる中で、放送30年以降の番組をどう踏み出していくのか、その模索に期待したい」(文化部 玉崎栄次)

最終更新:4/17(月) 10:59

産経新聞