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長崎の平和祈念像、都内にも点在 立像や20分の1サイズ

西日本新聞 4/16(日) 6:00配信

 長崎県南島原市出身で日本を代表する彫刻家、北村西望(1884~1987)が手掛けた長崎市の平和祈念像は有名だが、実は東京都内にも、さまざまな姿の平和祈念像があることはあまり知られていない。東京芸術大の前身である東京美術学校で教授を務めた西望は、創作の拠点を長く都内に置き、名誉都民の称号が与えられた。祈念像は縮小版を含めて都内各地に鎮座して静かに世界平和を祈り続けている。

⇒【画像】20分の1のサイズの平和祈念像

 東京都武蔵野市にある井の頭自然文化園には、西望が晩年を過ごしたアトリエが今も残っている。長崎市から依頼を受け、1955年まで平和祈念像を制作したのがこの地。地元住民にも知らない人が多いというが、園内には原寸大の祈念像が展示されている。高さ9・7メートルで、右手を垂直に、左手を水平に伸ばす姿がたくましい。

 違うのは塗装だ。長崎の像は青銅色だが東京の像は銀色でピカピカと光沢がある。そして長崎のような台座はなく、室内に展示されているため、触れられるような近さで祈念像を眺めることができる。実はこれ、長崎の祈念像の基になった原型の石こう像なのだ。

 アトリエは都の土地を借りる形で築かれた。園でボランティアガイドを務める木下美恵子さん(70)は「手掛けた作品群を都に寄贈することが条件だったので、園内には200点ほどの西望の作品が点在しています」と話す。代表作の平和祈念像だけでも20分の1、8分の1、4分の1などさまざまなサイズがそろう。

祈念像立像が披露された1カ月後、西望は天国へ

 西望の平和祈念像は他にもある。板橋区役所の正面玄関前には「立像」がある。平和祈念像といえば左脚を立て、右脚を折って座っている「座像」のイメージだが、西望は祈念像を構想する過程で「観音か女神か、着衣か裸体か」などといろいろ悩んだようだ。試作段階で生まれたのが立像だったといい、たくましい姿はそのままに、二つの足で大地を踏みしめている。

 垂直方向と水平方向に腕を伸ばすしぐさも同じ。原爆投下による犠牲者の冥福を祈るため、目を閉じた表情も似ている。区から依頼を受け、最晩年の1987年に立像を再び制作。西望は完成に合わせ「原点に帰り、新作に昇華し得たのは作者として大きな喜び」との談話を寄せている。祈念像立像は区庁舎の落成に合わせて披露された。その約1カ月後、西望は天国へと旅立っている。

“分身”たちが平和を訴え続け

 16~53年にアトリエを設けて西望が居を構えていたお隣の北区。文化ホールなどがある公共施設「北とぴあ」前には、4分の1サイズの平和祈念像(座像)が90年9月に設置された。同年11月には、武蔵野市に隣接する三鷹市の仙川公園内に、市民の懸命な募金によって同じく4分の1の像が「平和の像」として建立されている。

 長崎のシンボルと言ってもいい祈念像。遠く離れた東京の地でも、点在する祈念像の“分身”たちが平和を訴え続けている。

西日本新聞社

最終更新:4/16(日) 6:00

西日本新聞