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交際8年。同級生カップルの爽快空間

朝日新聞デジタル 4/16(日) 19:10配信

【東京の台所】

――今年で上京して10年、彼女と付き合って8年になります。周りからは、結婚はいつするの?と聞かれますが、マイペースにのんびりと過ごしています。私の実家は地元茨城で大衆食堂を営んでおり、小さいときから料理をする両親の背中を見て育ちました。(中略)彼女とは休みが合わず、これといった長い旅行も行きませんが、台所を通してなんとなくこの8年つながっていたような気がします。そして今度は、私が料理をしている両親を見て育った環境を、結婚して生まれてくる子どもにも感じてもらいたいなって思っています。――

【写真】同級生カップル唯一の不満は

 28歳の男性からの本欄応募動機にこう書かれていた。素直な、いい文章だなと率直に思った。ぜひとも訪ねてみたい、と。

 かくして、世田谷公園近くに建つ築30年のこぶりな賃貸マンションのドアを開けると、目の前に台所が広がっていた。

「玄関を開けるとすぐ台所なんで、ここだけはいつも片づけておこうと心がけています。宅配便の人とか、ご近所さんがお裾分けに来るとき、きれいにしておきたいので」

 美大の学生時代からつきあい始め、一緒に暮らして2年になる。机、作業台、食器棚は皆、美術大学で家具を学んだ彼女の手作りだ。ホームセンターで板をカットしてもらい、家で組み立てた。

 そんな若いふたりから、「ご近所さんのお裾分け」という言葉が出たので、少し驚いた。

「お隣に住むひとり暮らしのおばあさんと懇意にしていて、食べきれないからって、たまに手作りの煮物や野菜、果物のお裾分けをいただくんです」

 彼はうれしそうに語る。

「6年間東京でひとり暮らしをしてきたけれど、こういうおつきあいは初めてです。なんだか、実家の近所付き合いを思い出しました」

 恋人の彼女は、その婦人との出会いを鮮明に覚えていた。

「わたしひとりで内見したとき、たまたま部屋の前でおばあさんとすれ違ったんです。いい物件よ、ここはと言われて。住人がそう言うなら間違いない、ここにしようって決めました」

 え、そうなの?と彼が驚いていた。

 窓の向こうは小学校だ。朝は、目覚まし時計ではなく、子どもの元気なあいさつで起きるという。

「おはよーっていう子どもの元気な声で目覚められるのってうれしいですね。運動会の予行練習も歓声や音楽が聴こえてきて楽しいですよ。入学式や卒業式の風景が見られるもいいものです」

 校庭に面したベランダに立っていたら、学校の屋上にいる子が手を振ってきたので振り返した。都心のデザイン事務所と撮影スタジオでそれぞれ、朝から晩まで働きずくめの彼らにとって、それはきっと心が解きほぐされ、ほどよくゆるむ大事な時間でもあるんだろう。

「よく保育園が近隣の反対で建てられないって言うじゃないですか。僕、あれがわからないんです。子どもの声がきこえてくるのってすごくいいものなのに」

 近所は銭湯が多く、おいしい定食屋やケーキ屋、パン屋がある。自炊もするが、パートナーが仕事でいない休日は、ひとりで近所に食べに行くことも。駅から徒歩15分あまり。遠いが苦にはならない。

「この街の人のほどよい距離感が好きです。小学校、郵便局、銭湯。常に周囲にだれかがいて、何をしているかがわかる。その安心感は大きいですね」

 デザイナーズマンションや新しい住まいに興味がなく、人が住んだ気配のある古いたたずまいにひかれる。

「もともと地方の田舎町で育っていますし、ふすまや和室にも抵抗がない。きれいすぎるところより、風合いのある古い住まいで、足りなければ自分たちで家具を作ればいい。そういう生活のほうがぼくらにはしっくりきます」

 駅前の大衆食堂で育った彼は、レシピ本に載っていない簡単でおいしい独自の料理が得意だ。幼い頃から、両親のおいしいごはんを食べに人が集まり、満腹になって帰ってゆく客の姿を見ていた。おそらく、そういう所に生まれ育ったルーツが、子どもたちの歓声を尊び、お隣さんのお裾分けに感謝するこの暮らしを選ばせているんだろう。

 彼女の手作りの食器棚には、ふたりのご飯茶わんや湯飲みが仲良く並んでいる。すみずみまでふたりらしさがあふれた、窓からの爽やかな風が似合う住まいだった。

(文 大平一枝 /朝日新聞デジタル「&w」)

朝日新聞社

最終更新:4/16(日) 19:10

朝日新聞デジタル