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古舘伊知郎アナ「プロレスのウィキペディアみたいな人だった」桜井康雄さん葬儀で偲ぶ

スポーツ報知 4/16(日) 16:58配信

 昭和の新日本プロレス全盛期にテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」で解説者として活躍し10日に80歳で亡くなった東京スポーツ元編集局長の桜井康雄さんの葬儀告別式が16日、神奈川県厚木市のJAあつぎ第2グリーンホールでしめやかに営まれた。

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 式には、1980年代の新日本プロレス黄金期に解説の桜井さんと共に実況を務めた古舘伊知郎アナウンサー(62)が参列。出棺時には藤波辰爾(63)らと共に棺を運び、桜井さんとの別れを惜しんだ。古舘さんは、葬儀を終えた後にスポーツ報知の取材に応じ、桜井さんとの思い出を明かした。

 実況アナウンサーと名解説者というタッグで新日本プロレスを支えた2人。永遠の別れに古舘さんは「ただひたすらあの当時、育てていただいたことに感謝いたします。それのひとことに尽きます。それ以外は思いつかないです。本当にお世話になったんで」と感謝をささげた。

 思い出は数知れないという古舘さん。中継では新人時代に桜井さんの絶妙なフォローに助けられたという。

 「当時は、解説が遠藤幸吉さんと桜井さんの2人だったんです。山本小鉄さんは、まだ、そのだいぶ後だったんですが、遠藤さんは、古い方は知っていると思うんですけど、解説がめちゃくちゃな人でめちゃくちゃ面白いんです。本当にめちゃくちゃなんです。“さぁグラウンドの態勢に入りまして、リングのほぼ中央だ。さぁこの態勢から遠藤さん、こっからかなり受けている方はキツイヘッドロックの態勢に入りましたね”って言うと“いや、何の何の今、休んでいるだけ。もうちょっとしたら、起きあがると思います”とか言うんです。その横で桜井さんが絶妙にフォローしてくれてすべて面白く興味深く解説していただいたんですね。本当にプロレスのウィキペディアみたいな人だから、全部自分の引き出しの中からうまくまとめてくれてお世話になりました」

 中継を離れた思い出は、ニューヨークにあった。

 「言葉はあまりにも名調子だったんで、色々、あって一つあげろって言われてもあんまり思い出せないんですけど、思い出がいっぱいあって、よくニューヨクのマジソン・スクエア・ガーデンへ中継に行きましていつも桜井さんと一緒に行かせてもらってボクが22、23歳の新人アナウンサーのころですから、お金もそんなにない。ニューヨークもあの方事情通で何でもよく知っていて、高級ホテルの1階に天ぷらの稲ぎくっていうお店がありまして、そこに2人だけで連れて行ってもらってごちそうしてもらって“古舘君、あなたおしゃべり面白いからモノになるから、一生懸命にやった方がいいよ”って色々、アドバイスもらって、本当に染み渡るように、天つゆが染み渡るようにうれしくて。桜井さんのひとつひとつの言葉が。未だに忘れられないですね。あの当時、本当にお世話になりました」

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最終更新:4/16(日) 16:58

スポーツ報知