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スパローズ森田 大家さんを激怒させた6畳一間の6人暮らし

日刊ゲンダイDIGITAL 4/17(月) 9:26配信

 福岡出身のお笑いコンビ「スパローズ」のツッコミ、森田悟さん(40)。福岡でデビューして3年目に上京し、芸歴は22年。下積み時代を振り返ると……。

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 ◇  ◇  ◇

 上京したのが1997年で、最初に借りたのは西武新宿線新井薬師前駅から徒歩5、6分ほどのオンボロアパートでした。築50年近く。もしかしたらそれ以上だったかもしれない木造2階建てで、大家さんが1階に住み、2階が僕。6畳一間にミニキッチンは付いてますが、風呂なしトイレ共同。トイレの水を流すと、音がアパート中に響き渡るほど古かった。

 僕が借りて間もなく、「ヒロシです」で一発当てる前のヒロシと、福岡よしもと出身のコンビ「たかしひでき」の2人、そして相方の大和が福岡から押しかけて来て5人住まいになりました。「たかしひでき」ってのが両方ともかなりのデブでね。たかしが150キロ、ひできは100キロほど。5人も居て、ただでさえ狭いのに、そのうち2人が相撲取り……。想像してみてください。メッチャ暑苦しいですから。

 それだけじゃないんです。何とそこへ相方の彼女も来ちゃった。しかも、ペットのプレーリードッグを連れて。さすがに一度に寝れませんから、アルバイトのシフトを昼組と夜組に分けて、3人ずつ寝ることにしました。

 相方の彼女はタフでしたね。ある深夜、ふと目が覚めて起きたら、ミニキッチンの前で彼女がパンティー一枚になって、タオルで体を拭いてる。風呂とかシャワーがないから(笑い)。そんな環境でも居続けるんですから。ある意味、まあ、男勝り。そこから最初に逃げ出したのはプレーリードッグでした。押し入れで飼ってたけど、6人もいるのがよほどストレスだったんでしょうね。

■「靴が多い。通夜じゃないんだから」

 ここは家賃が月3万5000円。なぜか、ほとんど僕が払ってました。居候にも払わせたらよかったのかもしれないけど、福岡時代から僕の部屋は仲間のたまり場になってましたから、家賃をシェアするって感覚がなかったんですよ。

 ここに3年ほどいました。でも、我慢の限界だった大家さんから「契約は“一人暮らし”ですよね」って怒られて追い出されちゃった。もっともな言い分ですよ。「あんたんチはいつも靴が多い。通夜じゃないんだから、いい加減にしてください」と。まあ、3年も黙認してくれてたんですから、大家さんには感謝しなくちゃね。それで引っ越したのが元病院だった建物を改造したオンボロアパートで、こちらは月2万5000円の4畳半。もちろん風呂なし、トイレは共同です。僕とヒロシ、ひできの3人がまたまた大家さんに内緒で住みました。

■バイト中、ヤクザの抗争に巻き込まれそうに……

 生活の糧は当然、アルバイト。いくつもいくつもしましたけど、一番強烈だったのは最初にやった喫茶店のウエーターですね。歌舞伎町にある、別名「日本一危険な喫茶店」。場所が場所なのと、24時間営業だから、しょっちゅうヤクザが利用するんです。ガタイが良くて目つきが鋭くて、黒いスーツだから一発でソノ筋の人だとわかる。おまけに内ポケットの部分が妙に膨らんでる(笑い)。

 怖いのが組同士のモメ事の協議の席になった日。双方合わせて20人以上集結して、幹部らしい人が向かい合うテーブルを取り囲むように見守るんですが、何かあったら即抗争です。

 ある日、それにバイト時間がブチ当たったんですけど、店内の空気がいつもと全然違う。ピリピリ感がハンパない。しかも、何かの拍子に怒鳴り合いになり、一瞬でウワッと臨戦態勢に入ったんです。みんな、内ポケットに手を突っ込んで身構えてるし、ホント、弾が飛び交う寸前。おっかなくて僕らウエーターは厨房へ逃げ込んで、流れ弾が飛んできても当たらないように、トレーを頭にかぶって震えてましたもんね(笑い)。幸いにも撃ち合いにはなりませんでしたけど、「こんなとこで死にたくない」って翌週辞めましたけど。

 よく考えてみたら、20年ほど前で時給1250円。かなり待遇は良かった。きっと、危険手当と店内で見たことは他言無用っていう意味があったんでしょうね。

最終更新:4/17(月) 12:24

日刊ゲンダイDIGITAL