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「関西奄美会」が創立百年 尼崎で2千人が祝う

神戸新聞NEXT 4/17(月) 8:31配信

 鹿児島県・奄美群島出身の関西在住者らでつくる「関西奄美会」の創立百年を祝う記念大会が16日、兵庫県尼崎市昭和通2のあましんアルカイックホールで開かれた。奄美からの訪問団と、兵庫や大阪に住む出身者ら約2千人が一体となり、島の伝統芸能に酔いしれた。(上田勇紀)

 奄美群島は、奄美大島や徳之島などからなり、サトウキビの生産で知られる。明治以降、造船や製鉄の職を求めて関西への移住が増えた。船に乗り、親類を頼って神戸や尼崎に住んで働いた。2、3世を含めて、関西にはいま約30万人の出身者が住むという。

 関西奄美会は大きく分けて、出身地区別の16団体で構成し、絆を深めている。前身の大阪大島郡人会ができた1916年から数えて昨年で百年を迎え、記念大会の準備を進めてきた。

 大会冒頭、参加者は奄美群島の方向に向かい、先祖のために黙とう。「関西奄美会の歌」を歌って節目を祝った。島の首長らも駆け付け、国の重要無形民俗文化財に指定された与論島の「与論十五夜踊り」や、家々を回って夜通し歌い踊る徳之島の「井之川夏目踊り」などが順に発表された。

 沖永良部島から訪れ、仲間と「田皆ヤッコ踊り」を披露した男性(44)は「年末からこの日のために練習してきた。尼崎に住む親類も見に来てくれ、気持ちよく踊れた」と満足そうに汗をぬぐった。

 関西奄美会の百周年記念誌発行に携わった伊丹市の内田照久さん(68)は、小学5年のとき一家で喜界島から移り住んだ。直後は島の方言しか話せず、内向的になって不登校になったという。「島出身を隠した時代もあったけど、今は古里に誇りを持っている。記念誌を作り、自分たちも知らなかった歴史を学べた」と感慨深げだった。

最終更新:4/17(月) 8:58

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