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水流寸断、水田壊滅も…避難所から通い育てたカライモ再生の実り

スポニチアネックス 4/17(月) 7:01配信

 ◇熊本地震“連震”から1年 一歩一歩

 最大震度7を2度観測した熊本地震は16日、「本震」から1年を迎えた。阿蘇大橋が崩落した熊本県南阿蘇村などでは、犠牲者を追悼する式典が行われた。震源となった布田川・日奈久(ふたがわ・ひなぐ)断層帯の上にある西原村布田の農地は、水流が寸断され深い傷を負った。だが、地震直後に植えたカライモ(サツマイモ)の出荷がピークを迎えるなど、前へ歩きだしている農家もいる。

 布田の農家は、カライモなど水を引かなくてもできる作物を畑で作っている。だが辺りの水田は壊滅状態だ。緑に見えた西原の景色は、近寄って見ると牧草やレンゲソウが多かった。レンゲソウは主に休耕田の肥料として植えられる。「雑草が生えた田んぼも多い。手入れせんと、すぐ荒れ果ててしまう。コメはできんでも、土を混ぜたりで骨が折れる」と顔をしかめた。

 丹波家は畑15反(約1万4900平方メートル)でカライモを、水田6反でコメを作っている。地震直後は、西原中学校に避難。そこからかなり距離があり、数カ所に散らばっていた畑に通った。「家の片付けもしてないのに、何で農作業せなあかんのかと。避難所に泥だらけで帰るのも恥ずかしかった。でも父が“イモを植えなあかん”と。バカじゃないかと腹が立った」と当時を振り返る。

 ただ、今は父に感謝している。「去年、頑張ってイモを植えたから、今こうして生活できる。やっぱり土地のあるもんは強い」と、1年の苦労が詰まったカライモを大切に手に取った。今年は水田の幾つかをカライモの畑にするという。「息子も農業を継いでくれてるし、家も再建せにゃいかん」。丹波家は布田を離れず、これからも土とともに生きていく。

最終更新:4/17(月) 7:01

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