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熊本地震1年 “学生村”の記憶つむぐ 「助けること諦めないで…」語り部続ける東海大生

産経新聞 4/17(月) 14:43配信

 ■「風化させてはいけない」 南阿蘇村

 熊本県南阿蘇村で熊本地震の記憶と教訓をつないでいこうと、閉鎖が続く同村の東海大阿蘇キャンパスに通っていた学生たちが、県外から訪れた人に現地を案内する「語り部」活動を続けている。「地震を風化させてはいけない」。あの日から1年。学生たちは思いを強くしている。(桑村朋)

 本震からちょうど1年を迎えた16日昼。東海大農学部3年の国貞尚伸(たかのぶ)さん(20)が、大学のサークルの先輩だった脇志朋弥(しほみ)さん=当時(21)=が亡くなったアパートの跡地近くで、女性会社員ら3人に1年前の「あの時」を語っていた。

 アパートは国貞さんが住んでいた学生寮の隣にあった。「突然『ドーン』と突き上げられて外に出ると、アパートの2階が1階に沈んでいた」。一つ一つ思い出すように語りかけた。

 手にくぎが刺さり血まみれになりながらも、他の学生と一緒にがれきを必死に取り除き救助を試みたが、脇さんは最後まで見当たらなかったという。

 「助けることができなかった。もっと自分に知識があれば…」。国貞さんは悔しさを語り、「何かあっても落ち着いて、最後まで助けることをあきらめないでほしい」と力を込めた。

 この日は、アパートの跡地や崩落した阿蘇大橋、避難した小学校跡地を1時間半かけて案内した。参加した愛知県岡崎市の会社員、中根未結(みゆ)さん(24)は「自分なら冷静に救助できるだろうか」と言葉を詰まらせ、「もし地震が起きたら今日の話を思い出したい」と語った。

 語り部は昨年9月、農学部生らでつくる団体「阿蘇復興への道」が始めた。地震では脇さんら学生3人が亡くなり、当初は迷いのようなものもあった。だが、「被災した自分たちが伝えられることもあるはずだ」と信じ、約20人が毎週末に交代でキャンパスが移転した熊本市内から村に戻って続けてきた。すでに50回以上重ねている。

 阿蘇キャンパスの周辺は「学生村」と呼ばれ、学生と地元住民とのつながりも強く、それが救助活動に役立ったとされている。

 同団体代表の農学部4年、石田仁星(じんせ)さん(21)は「今回のケースは防災を考える上でも大切なヒントになる。第二の故郷である『学生村』で教わったことをできる限りつないでいきたい」と話した。

最終更新:4/17(月) 15:22

産経新聞