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【あの時・斉藤由貴衝撃のデビュー】(4)「卒業」の譜面渡されたのはレコーディング当日

スポーツ報知 4/17(月) 15:00配信

 斉藤由貴のデビューシングル「卒業」が発売されるのは、1985年2月。松本隆作詞、筒美京平作曲でヒットメーカーの最強コンビが手掛けた。CMの映像デビューから、約半年しかたっていなかったが、だいぶ顔は知られるようになっていた。

 有名な「♪制服の胸のボタンを~」の歌詞で始まり、いまも愛され続ける春の定番ソング。斉藤によると、譜面を渡されたのはレコーディング当日だったという。

 「なので、不安でした。でもそこに、アイドルの枠にくくられない、ふかんで物を見る女の子の心情が描かれていた。私は松本さんのことを知らないのに。すごく私のことを知っている印象を受けたのを覚えています」

 歌唱力は、オーディション時から評価が高かった。しかも、歌詞の一言一句を伝える表現力にたけていた。歌手デビューも、その魅力が生きるように曲づくりがなされた。松本には、こんな説明を受けたという。渋谷駅のスクランブル交差点でポスターで斉藤の姿を見た時「この子にはこんな歌が合うんだろうな、と思いながら歌詞を書いたんだよ」と。

 「卒業」をはじめ、斉藤の歌手としての才能を開花させたのは元「甲斐バンド」で、音楽プロデューサーでも知られた長岡和弘。この人の功績も大きい。技巧でなく「もっと空が青い感じで」「教室の床は歩くと音がするような木製」などと感覚的なアドバイスを送った。斉藤はそれらを貴重なヒントにしてイメージを膨らませ、歌に込めた。

 デビュー曲は話題になり、順調にヒットしたが「歌番組は苦手でしたね」。多くに注視されて何かをすることに、時間がかかった。しかし、あれから32年。数え切れないほど、この名曲を聴かせてきた。

 「歌っている時、真空にいる感覚になれる。歌いながら歌をかみしめる瞬間というか。初めて歌った時のことが、ぶわぁっと押し寄せてきたり。卒業と出発というテーマ性。この歌の力がもたらす発見かもしれません」

 色あせることのない定番ソングになっていることには「こんなに年月がたったのに。うれしい、とは思う。2、3月によく流れるんですね。でも実は私、一度も耳にしてなくて。実感がないんですよ」と言って、人懐っこい笑顔を見せた。(内野 小百美)=敬称略=

 ◆1985年(昭和60年)の流行 ファミコンソフト「スーパーマリオブラザーズ」が大ヒットし社会現象に。流行語に「イッキ!イッキ!」など。日本レコード大賞は中森明菜「ミ・アモーレ」。黒澤明監督「乱」が公開。小松左京「首都消失」がベストセラーに。

最終更新:4/17(月) 15:08

スポーツ報知