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「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」寂しさ抱えそれぞれの1年 熊本地震の犠牲者追悼式

西日本新聞 4/17(月) 11:29配信

 つい1年前までそばにいた。「まだ実感がなくて」「どうか安らかに」。熊本地震から1年、遺族や知人たちは、それぞれの思いを胸に追悼の場を訪れた。

 「心臓病だったけれど活発な子。お姉ちゃんのまねが好きで」。14日、熊本県庁で営まれた熊本地震の犠牲者追悼式。当時4歳の次女花梨(かりん)ちゃんを亡くした同県合志市の会社員宮崎貴士さん(38)と妻さくらさん(38)は、遺影と犬の縫いぐるみを抱いて参列した。

 昨年4月16日の本震後、入院していた熊本市民病院から福岡市に転院。5日後に息を引き取った。さくらさんは遺影を見詰めながら「式を迎えたら変わるかなって思ったんですけど、気持ちに区切りなんてつかなくて」と静かに語った。

「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」

 同県益城町の「みなし仮設」で暮らす持田武久さん(76)も参列した。昨年、金婚式を迎えた妻哲子さん=当時(70)=を失った。「かあちゃんがおらんのはつらいが、子ども3人、孫6人と一緒に、これからの幸せを見詰めて頑張っていく」と涙を浮かべた。

 式典で遺族代表の言葉を述べた熊本市中央区の冨永真由美さん(58)は「被災者や遺族が悲しみから一歩でも抜け出せたら」との思いを一言一言に込めた。そして、大役を無事に務められた感謝を亡き母、津崎操さん=当時(89)=に心の中で伝えた。

 14日朝、益城町惣領。荒牧不二人さん=当時(84)=の自宅跡に、60年来の友人の西村治信さん(83)=同町古閑=が姿を見せた。「あっという間。まだ実感がないよ」。自宅でカラオケ教室を営んでいた荒牧さんの指導を受けていた井手幸代さん(63)はレッスン中、震度7に襲われ、一緒にがれきの下敷きになった。「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」。以来、涙がこみ上げて歌えなくなった。

 村上ハナエさん=当時(94)、正孝さん=当時(61)=の親子が犠牲となった益城町木山の自宅跡。更地となった敷地には住民約15人が集まり、一周忌法要を営んだ。村上さんが育てた野菜を買っていた島田靖枝さん(61)は「更地を見て、寂しさがこみ上げてきた。どうか安らかに休んでください」。

西日本新聞社

最終更新:4/17(月) 11:29

西日本新聞