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今年こそ益城町で歌って踊る、元劇団四季女優の挑戦

日刊スポーツ 4/17(月) 9:47配信

<震度7の大地震から1年 熊本の今(4)>

 最大震度7に2度襲われた熊本県益城町。未曽有の災害に見舞われた町で、熊本発のミュージカルを発信する女性がいる。「in.K. Musical Studio」(インクMS)の小松野希海(のぞみ)さん(29)。元・劇団四季の女優だ。14年に熊本に戻り、劇団を立ち上げ、地元の演劇集団らと活動を本格化したばかりだった。メンバーも皆被災者で、一時は活動を休止したが、昨年5月には稽古を再開。新たな公演に向け、挑戦を続けている。

【写真】公演「キャッパ」で主役を演じる小松野さん

 壊滅的な被害を受けた益城町役場周辺に、小松野さんの自宅はあった。昨年4月16日午前1時25分。2度目の震度7が襲った。家族は7人。6人は車に避難していたが、祖父生男(いきお)さん(81)だけはどうしても聞かず、自宅の1階にいた。激しい揺れに家が傾き出した時、生男さんが飛び出した。「俺の家が崩れるー」。聞いたこともない祖父の叫び声が忘れられない。

 祖父母は高齢で、両親は熊本市の小学校の教員。同居の叔母は熊本大医学部の精神看護の教授。車中泊を繰り返し、妹が仕事を辞めて祖父母を介助し、小松野さんが1人で7人家族とシバイヌ1匹の避難先を探し回る日々が続いた。

 益城町で建物の下敷きになるなどの直接死は20人に上った。「母の友人の家族、私の同級生も本震前に自宅の1階に戻り、亡くなりました」。被害の甚大さは、残された人たちの胸にも重くのしかかる。

 物心ついたころには、米ミュージカル映画「メリー・ポピンズ」が大好きで、歌って踊っている子どもだった。熊本大を卒業した年に、劇団四季のオーディションに合格した。ライオンキングでは「バードレディ」「ライオンの雌」などを担当。2年間、ミュージカル女優を務めた。

 全国ツアーで充実した日々。でも、何か違った。「ブロードウェー、ウエスト・エンドのヒット作を演じる大劇団の1人だった」。故郷への思いも強くなっていた14年、「赤毛のアン」の熊本公演が転機だった。「音にこだわった演劇集団、すばらしいピアニスト、才能のある劇作家。熊本にみんなそろっていた」。劇団四季を辞め、熊本発のミュージカル劇団「インクMS」を15年に立ち上げた。「in.K.」は「IN熊本」の思いを込めた。

 メンバーは3歳から60代までの市民20人。熊本の演劇集団「第七インターチェンジ」(主宰・亀井純太郎氏)らと協力。15年夏の第1作「ミュージカル かぐや姫?」は、リピーター続出のヒット作となった。キャスト50人の第2作「ミュージカル キャッパ!」の稽古に取り組む中、熊本地震に見舞われた。

 亀井氏の熊本市の自宅も全壊。メンバーも被災し、活動は休止。車中泊を繰り返し、メンバーも避難所生活を余儀なくされた。歌を忘れた日々。変わり果てた故郷。気持ちは沈んだ。

 しかし、「稽古がしたい」というメンバーからの声に応え、被災1カ月で活動再開。「歌ったら、やたら元気になれて。お客さまのために演じると思っていたけど、本当は私が好きだから歌っているんだって、分かったんです」。余震の度に「震度7が来る」と泣いていた3歳のメンバーも、再開後は少しずつ普段の笑顔を取り戻した。

 「今年の目標は益城町での公演です」。更地が増えてきた益城町で、小松野さんは公演ができる会場を探し、駆け回っている。熊本の力で、熊本以外からも参加したくなるような熊本発の作品を-。熊本に戻った時の思いは、熊本地震を経て、さらに明確になった。

 被災者の力で、被災地以外からも参加したくなるような、被災地発の作品を-。非日常の中で「どれだけ地震以前の通常業務ができるか」という挑戦は本当に骨が折れる。しかし、日常を取り戻す挑戦こそが、被災者が被災地で希望を持って前を向く力になる-。小松野さんはそう信じている。【清水優】(おわり)

最終更新:4/17(月) 16:29

日刊スポーツ