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消滅する「伏見工」泣き虫先生と教え子が取った行動

日刊スポーツ 4/17(月) 10:01配信

 全国高校ラグビー大会4度の優勝を誇る伏見工(京都)が最後の1年を迎えている。

 16年4月に洛陽工と統合し、京都工学院が開校。現在は伏見工の3年生、京都工学院の1、2年生で合同チームを組むが、全国から愛された「伏見工」の名は本年度で消滅する。テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルにもなった同校を語る上で欠かせないのが、「泣き虫先生」として知られる山口良治総監督(74=伏見工元監督)の存在だろう。

 そんな山口総監督は4月16日、京都市伏見区にある小栗栖宮山小学校のグラウンドにいた。椅子に腰掛けながら、感慨深そうに言葉を紡ぐ。「ラグビーを嫌になる子を作らないことが大事。いつの間にか、あいつらもいいおっさんになっとるなあ…。白髪も生えて…」。視線の先には伏見工時代の教え子たちがいた。その指導を約60人の小中学生が受けていた。

 くしくも、この光景は学校統合の話から生まれた。「伏工が7~8年後に無くなるかもしれない」。衝撃的な話が同校内で知れ渡った時がスタートだった。「ラグビー部なくなんの?」「これからどうしていくんや?」。そんなやりとりを経て、山口総監督を発起人に、数人のOBが立ち上がった。NPO法人「伏見クラブ」の坪井一剛代表理事(42)は「伏工が築いた伝統を還元する方法はないかと。京都市立だからこそ、支えられた地域や、次の世代に恩返しをしようとなった」。坪井代表理事自身も92年度の全国高校ラグビー大会で、伏見工2度目の優勝に貢献したOBだ。

 素早い行動で09年に小学生男女の「おおぞら少年少女ラグビーチーム」と、幼児クラスのチームが生まれた。16年には関西初の女子小学生チーム「おおぞらセブン」、本年度からは中学生男女の「伏見クラブジュニア」を結成。それは坪井代表理事が「伏工の統合の話がなかったら、なかったかもしれない」と振り返る巡り合わせだった。

 活動に大きな影響を与えるのはやはり、「泣き虫先生」だ。山口総監督は印象的な思い出話をしてくれた。

 「俺が伏工に行った頃はすごかったんや。廊下をバイクで走る生徒がいて、先生はみんな逃げる。それをな、バ~ッと手を広げて真正面で止めたんや。そうしたら、後からその生徒が『先生、さっきはすまんかったな』と言ってきよった」

 信条は生徒から目を背けないことだった。「周りの環境で道を外れる子もいるけれど、小学生の頃はみんな、この子たちのような子だったんだよ」。そう言って、楕円(だえん)球を追いかける子どもたちを見つめた。伏見工で教え込んだのは、ラグビーの技術ではなく、あいさつ、責任感、協力…。「辞めさせないことが、素晴らしい教育」と、退部者を無くすことに何よりもこだわり、1人1人と向き合ってきた。ゴールは「ラグビーを好きで居続けること」。それを今、教え子が次の世代に引き継いでいる。

 始動日となったこの日は、小学生全員にテストが設けられた。運動能力のテストではない。1人1人、名前を呼ばれると柔らかいマットに倒れていった。「首曲げろ~!」「手つくな~!」。目的は故障を防ぐため。それは、ラグビーを嫌いにならないための第1歩だ。女子小学生チーム「おおぞらセブン」が結成されてからは、男子小学生に混じり「私は無理!」と消極的だった女子小学生が変わった。「次、何のサインプレーする?」「しっかりタックルいこうや!」。女子同士になって増えたこのようなやりとりで、ラグビーが楽しくなるのは明らかだ。

 坪井代表理事はチームのあるべき姿を、こう語る。「山口先生の名言は『教育は思い出作り』。そのひと言に尽きるんです。ここには保護者会もない。親が入ってきて、靴を履かせて、道具を準備して…は違う。そんな環境では学べるものも、学べない。大人はそこまでの環境を整えるだけ。選手が自分で考えて、自由に動けるのがラグビーだから。ラグビーは自立のスポーツなんです」。

 練習終盤、私は指導スタッフの1人に声をかけられた。「みんな、伏工の赤黒のジャージーを着ているでしょう? そこには伏工から地域へ恩返しの意味があるけれど、『母校(京都工学院)を強くするため』となるなら、このチームの意味がない。ここは伏工の下部組織じゃない。ここから(ライバル校の)京都成章に進んでも良いんです」。その時、すでにグラウンドを後にしていた山口総監督も同じ思いだろう。日本開催の19年W杯に注目が集まる今だからこそ、「ラグビーの楽しさ」を次世代へ継承する大切さを考えたい。ラグビー界は19年以降も続いていく。【松本航】

 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビーに熱中。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当となり、15年11月から西日本の五輪競技を担当。

最終更新:4/17(月) 22:29

日刊スポーツ