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“売れっ子”になっても全くモテなかった…“一発屋”の髭男爵が抱いた嫉妬 「芸風がブス」「消耗品」

withnews 4/21(金) 7:00配信

 「“呼び捨て”やん!!」。ディレクターに気に入られる若手芸人に抱いた嫉妬。「俺とあいつと…一体、何が違うんだ!?」。“売れっ子”になっても、全くモテない。“一発屋”は、買い足し、補充すれば良い。その商品価値は“消耗品”だと気付く。(髭男爵 山田ルイ53世)

【画像】何人知っている?“売れっ子”だった一発屋芸人たち HG・ダンディ…

芸風が“ブス”

“一発屋”はモテない。
正確には、後に“一発屋”と揶揄されるような芸風の芸人はモテないということ。
勿論、“女性に……”などと言った艶っぽい話でもない。
番組制作の中核を担う、ディレクターや構成作家といった人々の“恋愛対象”になり得ないのである。

理由は簡単。
我々が“ブス”だからだ。
容姿ではなく、芸風がブスなのである。
僕の経験上、作家やディレクターの好みのタイプは基本、
「“独特の世界観”のネタが持ち味!!」
と評されるような芸人である。

いやいや。
“独特の世界観”なら、“一発屋”とて負けてはいない。
シルクハットにワイングラス。
貴族と自称し、乾杯をしながら漫才をする。
むしろ、世界観の塊、権化である。

しかし、残念ながら、肉眼で目視できるような即物的“世界観”では、彼らの食指は動かない。
宗教じみた物言いになるが、作家やディレクタ―のお好みは、もっと目に見えぬ“世界観”であり、『ウソ、大袈裟、紛らわしい!』……“ナントカ機構”に通報されかねない芸風の“コスプレキャラ芸人”では、むしろ興醒め。
誰しも、“ブス”など連れて歩きたくないのが人情である。

我々のネタは“消耗品”

“世界観”の芸人のネタは、漫才にしろコントにしろ、題材がさりげない。

「パンを盗んだ貧しい少年を諭す!」
「ディナーに舌鼓を打っていたら、毒殺されかけた!」

我々のように、“キャラありき”の過剰であざとい設定は選ばないし、

「ルネッサーンス!!」

などと、不必要に騒ぎ立てたりもしない。
ネタ中の声のトーンはむしろ抑え気味。
日常の些細な場面を、笑いに昇華させるそのお手並みは、同業者ながらお見事の一言である。
謂わば、何の変哲もないTシャツやカーディガンをオシャレに着こなすような芸。

その差は様々な場面で露わとなる。
昨今はどうか知らぬが、我々世代の芸人にとって、自分名義のDVDをリリースすることは大きな目標の一つ。
かくいう貴族も、数本発売したが、それはあくまで“一度売れた”際の御褒美的なもの。
裏を返せば、余程“売れっ子”にでもならぬ限り、永遠にDVDのオファーなど来ない。

対して“世界観”の芸人の場合、
「業界関係者の間で話題の……」
「ライブシーンで評判の……」
“今後に期待”、“次世代の有力株”といった段階で、話が舞い込んで来るケースがある。

彼らの漫才やコントは“作品”だが、我々のネタは歯磨き粉やトイレットペーパーと同じ、“消耗品”。
無くなれば買い足し、補充すれば良いだけの存在である。

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最終更新:4/21(金) 7:00

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