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ARをアニメで表現する難しさ――「劇場版ソードアート・オンライン」制作裏話、伊藤監督に聞く

ITmedia NEWS 4/18(火) 7:25配信

 舞台は2026年。ヘッドフォン型のAR(拡張現実)端末を装着すると、街の光景がバトルフィールドに様変わりし、巨大なモンスターが襲いかかってくる――そんな近未来のゲームを描いたのが、アニメ映画「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」だ。2月18日に公開され、日本国内での観客動員数は170万人以上、興行収入は24億円を突破した(4月16日時点)。

【画像多数】劇場版SAOの名場面

 ARゲームといえば、昨年から今年にかけてスマートフォンゲーム「Pokemon GO」が社会現象になったことが記憶に新しい。しかしAR技術がより身近な存在になっているとはいえ、進化した近未来の技術を想像し、アニメの世界で描くのは容易ではないはず。

 架空のガジェットや技術は、どのようにして描かれたのか――「ソードアート・オンライン」のテレビアニメ版から劇場版まで、一貫して手掛けている伊藤智彦監督に制作の舞台裏を聞いた。

●ソードアート・オンライン(SAO)とは?

川原礫さんの小説が原作(電撃文庫 刊)。2009年に原作第1巻が発売され、アニメ、漫画、ゲームなど幅広くメディアミックスを展開している。テレビアニメのあらすじは以下の通り。

2022年、「ナーヴギア」というヘッドギア型VR(仮想現実)デバイスが登場し、世界初となるVR MMORPG「ソードアート・オンライン」が発売された。しかし、開発者の茅場晶彦の思惑によって約1万人のプレイヤーが仮想空間に閉じ込められてしまう。脱出する方法は、ゲームをクリアすることのみ――。ゲーム内で体力がゼロになると現実世界でも死亡するという過酷なルールの中、主人公のキリト、アスナたちはゲームクリアを目指す。

「劇場版ソードアート・オンライン」は、この物語から4年後(2026年)が舞台。新たにウェアラブルARデバイス「オーグマー」が登場し、覚醒状態の人間に視覚や聴覚情報を送り込むことが可能に。オーグマーを装着すると現実世界にモンスターが現れるAR MMORPG「オーディナル・スケール」が話題になっている。

●「オーグマー」のデザイン、ソニー技術者がアドバイス その内容は

――テレビアニメ版の主題がVR(仮想現実)だったのに対し、劇場版はAR(拡張現実)が主題になっている。制作の経緯は。

伊藤監督: 劇場版のオリジナルエピソードを作ろうとなったとき、原作者の川原さんから「ARを題材にしましょう」と提案がありました。「テレビシリーズと同じVRゲームではなく、新しいARゲーム」という差別化を図る意味で明確な理由はあったのですが、そうなると「VRよりARは退化して見えるのでは」という制作陣の懸念がありました。体を実際に動かして戦わないといけないので、それを面白く見せられるのかなと。

――ARをアニメの中で描くときに、注意したことは。

伊藤監督: VRの世界なら(生身の人間にはできないが)高くジャンプしたり、勢いよく走り出したりしても「ゲームだから」と許してもらえます。しかし(現実世界に情報を重ねるだけの)ARだと、基本的に無理でしょう。すごい技を繰り出しているように見えても、あくまでキャラクターの視点で、派手に見えているだけとか、ゲームの中のキャラはものすごく動いているだけですよとか、何かしらのエクスキューズが必要だと思っています。

 作中では、キャラクターのほとんどが生身の人間なので、飛んだり跳ねたりはしていません。風林火山のメンバー(※)が入れ替わり立ち替わりモンスターに攻撃を繰り出す場面も、身体能力が普通の人でもできる範囲にとどめました。

(※)風林火山……メインキャラクターの1人であるクラインが仲間と組んでいるギルドの名前

――AR端末「オーグマー」は、どのようにデザインしたのか。

伊藤監督: オーグマーは、川原さんのプロット段階では、一般的なヘッドフォンの形が想定されていました。ただ、ファーストインプレッションで「これを付けながら戦うのはどうかな」と思い、川原さんに「ちょっと変えてよいですか」と話をして、ソニー製品のデザインを担当している方々と打ち合わせをしました。

――ソニーの方々からは、どんなアドバイスがあったのか。

伊藤監督: まずは「もっと軽く小さくしたい」と。漫画「ドラゴンボール」に登場する「スカウター」のサイズが理想でした。実際にソニーの方々は、そうしたデバイスの研究をしていて「監督が思い描くより先に研究していましたよ」とも聞きました。ただ、そうした研究は10~20年先を見据えたもので、研究している人たちは「今すぐには成果が出にくい」のだと。「アニメの世界に、研究中のデバイスを、ある意味成果物としてお披露目する機会ができて、とてもよかった」と喜んでもらえました。幸せな出会いだなと思います。

 最初の打ち合わせの後、ソニーの方々には「SAO」を見ていただいて、「世界観が分かりました」と言ってもらえました。それからは「こんな素材が使われているはず。これくらいの素材ならそろそろ実現できる」「カメラはこれほどの大きさで、スピーカー機能が入っている」など、実際の製品を開発している方の視点で意見をいただきました。

 小型化が難しいと指摘されたのは、バッテリー部分でした。ただ、同じく川原さん原作の「アクセルワールド」(「SAO」より未来の2046年が舞台)との兼ね合いもあるので、あまり小さくしすぎず、後頭部を包むパーツを付けることで最終的なオーグマーのサイズが決まりました。

●「オーディナル・スケール」描くヒントになったのは“あのゲーム”

――オーグマー以外に、劇中に登場する近未来の技術はどのように描いたのか。

伊藤監督: そもそも劇中のARゲーム「オーディナル・スケール」は、どのようにプレイするものなのかと考えました。対人戦をするにしても、剣を振りかざした感覚がなく「スカッ」となってしまうのではと思い、どう描くか苦慮しました。ゲームをプレイしている感覚を、プレイヤーはどう持つのかなと。

 そんなことを考えていたら、ちょうど日本科学未来館(東京・お台場)でAR・VRの展示物を見る機会がありました。そのデモ展示の1つに「HADO」という実際に体を動かすARゲームがあって、これを拡大解釈すればよいかなと。ヘッドマウントディスプレイ越しには、相手にビームを出しているように見えて、ビームをいかに避けるか。人間同士だけでなく、モンスターと戦うものもありました。

 懸念していたのは、ダメージを受けたキャラのリアクションをどう表現するかでした。そうしたら、HADOのスタッフの方から、体にセンサーを装着していて、相手のビームが当たると振動するようになっていると聞いて「なるほどな」と思いました。

 それとは別に、バンダイナムコエンターテインメントのVRゲーム「サマーレッスン」の開発チームや、「SAO」のPlayStation向けゲームスタッフにも相談したところ、登場キャラが武器を握っている感覚が必要だろうと。そこで、登場キャラにはコントローラーを持たせ、それがバイブレーションしてダメージを受けた感覚になるという設定にしました。劇中では一言も説明はありませんが、裏ではそんな設定を考えています。

――コントローラーのほかに「サマーレッスン」を参考にしたポイントは。

伊藤監督: 「サマーレッスン」を遊んでみて、女の子の目力があるなと。特に日本人は(恥ずかしさで)目を合わせづらいと聞いていましたが、確かに見られると圧を感じました。この感覚は、ユナ(※)に近づかれたアスナが驚いて逃げる――というシーンに生かしています。

(※)ユナ……「劇場版SAO」に登場するARアイドル。オーグマーを装着したユーザーからは、現実世界に重なるようにして見える。人工知能(AI)を搭載し、ARゲーム「オーディナル・スケール」の歌姫としても活躍している。

 実際には感覚はなくても、目で見た光景と合うように、脳が勝手に補完しているような気がします。ユナからキスされても、実際には何も触覚はないはずなのに、脳が「感覚がない」という違和感を埋めるのではないかと。もしかするとコントローラーがぶるぶると震えているのかもしれませんが、それとは別に錯覚めいたものはあるかなと。

――痛みを感じる仕組みは。

伊藤監督: 痛みを感じる機能は、オーグマーには搭載していない設定です。そういう機能がないのに、モンスターの攻撃で登場キャラが吹っ飛んでいますが、それは(脳が錯覚して)自分たちで「ワーッ」と飛んでいるわけです。目の前に敵が勢いよく来ちゃうと避けてしまう。アニメとしては、それをやや大きく描いています。

 「オーバーだな」と思われるかもしれないが、果たして本当にそうかなと(笑)。サマーレッスンをやってみて、あの子の視線から目をそらさずにいられるかなと思いますね。

●伊藤監督は「Pokemon GO」に「苦い思い出」

――ARといえば「Pokemon GO」がブームになったが、参考にしたところはあるのか。

伊藤監督: 映画の公開が「Pokemon GO」ブームと重なったことはタイミングがよかったです。スマートフォンの代わりに、オーグマーを装着して体を動かしていると思えば、ARゲームを想像しやすかったのではないかと思います。

 例えば、モンスターと戦うために、1カ所の公園や広場に大勢が集まってくる感じは、「Pokemon GO」がリリースされる前からストーリーに取り入れていました。「Pokemon GO」が流行った後、参考にした要素はあまりありません。ただ、風林火山のメンバーが高架下でアイテムを探している場面で、手元に地図を出しているのは、Pokemon GOの位置情報やGPS機能を参考に取り入れました。マップを表示して、アイテムの反応がある方向に近付いてゲットするという演出です。

――主人公たちがモンスターと戦った代々木公園などは、「Pokemon GO」の聖地ともいわれるが、意識してはいなかったのか。

伊藤監督: モンスターと戦う場所は、夜中に多人数が集まっても問題ないところを選んだので、「Pokemon GO」で人が集まった“聖地”を意識したわけではないです。六本木ヒルズのアリーナだけは「Ingress」(※)のイベントが開かれていたのを参考にしていますが。夜中にプレイヤーが集まって、モバイルバッテリーを付けて遊んでいる様子を実際に見ました。

(※)Ingress……「Pokemon GO」と同じく米Nianticが展開する位置情報ゲーム。実際のリアル世界を舞台に、2つの陣営に分かれて陣取りゲームを行う。

――伊藤監督はPokemon GOはプレイしているのか。

伊藤監督: 一応、プレイしてはいますが、そこまでのめり込んで遊んではいません。ARゲームはどういうものかを認識するために遊んでいるところがあります。強いて言えば、明治神宮でキリトが警備員から「オーグマーのゲームをやっていたのかい?」と話しかけられるシーンは、俺が明治神宮で「Pokemon GO」を遊んだときの経験が反映されています。プレイの際中に買ったばかりのiPhone SEを落とし、ガラスを割るという……。苦い思い出があったので、警備員の言葉が重くのしかかりますよね。

●オーディナル・スケールは「スマホゲー」と同じ

――劇中では、ヒロインたちがファミリーレストランでオーグマーを装着し、「パックマン」を遊んでいて、主人公のキリトが「君たちちょっとゲームしすぎじゃないか?」と指摘するシーンがある。伊藤監督は普段からゲームをよくプレイするのか。

伊藤監督: 残念ながらあまりゲームはしないんです。あのシーンは、女子高校生がファミレスでスマートフォンをいじり、ゲームを遊んでいるのと同じイメージです。

 ストーリーの根幹の話になりますが、オーグマーでプレイする「オーディナル・スケール」は、スマホゲームのメタファーなのです。それに対し、テレビシリーズの舞台だった「ソードアート・オンライン」をはじめとするVRゲームは、PlayStation 4のような据え置き型ゲーム。キリトはハードゲーマーで「スマホゲーは認められない」という考えがあって、オーディナル・スケールにはあまり乗り気じゃない。アスナからは「運動不足だからでしょ」と言われていますが。

――伊藤監督はAR、VRのどちらのゲームを遊びたいか。

伊藤監督: VRを遊んでみたいかなと。いまのVRゲームは、俺のような眼鏡をかけている人だと、眼鏡の上にゴーグルを付けないといけないので痛いですが、それがクリアされた「SAO」の世界のVRはプレイしてみたいです。ARゲームは、俺も運動不足なので……。

最終更新:4/18(火) 7:25

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