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東芝問題で「日の丸レスキュー」構想が出てきたワケ

ITmedia ビジネスオンライン 4/18(火) 8:22配信

 こういう状況になると必ずといっていいほどぶち上げられてきた経緯があるので、「もうそろそろかな?」と思っていたら案の定というタイミングで飛び出した――。

【米国様が騒ぎ始めて「日の丸」を掲げる】

 北のミサイルの話ではない。もはや日本のお家芸といっても差し支えない「日の丸連合」のことだ。

 「粉飾」「巨額損失」からの「監査なし決算」と次々とトリッキーな会計テクニックを見せて、世間を驚かす東芝が、上場廃止をなんとか避けるためにぶちまけた半導体事業売却を日本企業がそろいもそろってスルーした数日後、『日本経済新聞』に「経済産業省も支援する形で、東芝や経済界が大手企業を中心に共同出資の打診を始めた」なんて「日の丸レスキュー構想」がぶちあげられたのである。

 『東芝半導体に官民「日本連合」 富士通など参加検討』(日本経済新聞 4月8日)

 『日本勢、技術流出防ぐ 東芝半導体入札に参加めざす』(日本経済新聞電子版 4月8日)

 これらの記事で紹介されているような監督官庁や政府系ファンドも巻き込んだ壮大な「絵」を一民間企業が描けるわけがない。経済産業省の官僚が記者にネタを食わせて書かせているリーク記事、業界で言うところの「観測気球記事」なのは明らかだ。

 ご存じのように、これまで日本はエルピーダメモリ、ルネサス エロクトロニクスというグローバル競争に負けた半導体メーカーを「だって、日本の基幹産業だもの」の一言で公金を投入して救ってきている。これらの2社と比較して競争力も高く、将来性も見込める東芝の半導体事業に手を差し伸べないという理由がない。

 とはいえ、これは裏を返せば、原発事業で下手をこいた東芝に助け舟を出すということでもあるので、「国策企業はどんなムチャクチャやっても最終的には国がケツを拭いてくれるのかよ」というモラルハザードを産業界に引き起こし、崩壊前のソ連みたいになる恐れもある。

 そこで、一部マスコミに「計画」をリークして、世論の反応をうかがうとともに、出資を呼びけている日本企業に「牽制」を行なったとみるべきだろう。こういう「観測気球記事」は官僚が好んで使う情報操作のひとつだ。

●官僚の「仕掛け」に惑わされてはいけない

 なんてことを言うと、「スゴ~イデスネ!!視察団」的世界観をお持ちの方たちから「日本の世界に誇る半導体技術を中韓に流れるのを守ってくれるっていうのに、揚げ足とるようなことを言うんじゃねーよ」という怒りの声が飛んできそうだが、日本の技術を守りたいのであればなおさら、このような官僚の「仕掛け」に惑わされてはいけない。

 これまで半導体の世界で経産省が「日の丸連合」という言葉を持ち出して音頭をとると、技術を守るどころかむしろ技術流出を招いている、という皮肉な結果に陥っているからだ。

 例えば、経産省が「日の丸半導体を救え」と旗を振って、日本政策投資銀行が300億円の公金を出資したエルピーダメモリは3年後に破たんして、結局のところ米企業マイクロン・テクノロジー社に買収され、いまや完全子会社となっている。ちなみに、エルピーダの社長は2016年3月、日本の半導体技術を中国へ売る半導体設計会社を設立している。

 同じく、「日の丸連合」を掲げて産業革新機構とトヨタ自動車や日産自動車などの官民連合が1500億円を出資して救済にまわったルネサスも、2015年に黒字化して経営再建を果たしつつあるという印象を抱くかもしれないが、これは工場の半数を閉鎖したことと2万人にものぼるリストラの成果に過ぎない。ルネサスを去った大量の半導体技術者たちが、どこへ向かったのかは推して知るべしであって、決して「技術が守られた」わけではないのだ。

 経産省が救済を呼びかければ呼びかけるほど競争力が落ちていくというのは、「半導体ビジネス」の特性によるところが大きい。半導体は毎年のように数千億の巨額投資が必要ということからも分かるように、競合の動きに対応して、捨てるべきところは捨てる、獲るべきところは死に物狂いで奪いにいくという「選択と集中」が求められる。また、今回の東芝半導体事業に入札した面々を見ても分かるるようにスピーディーな経営判断が生死を分ける。

 「日の丸」の旗の下でさまざまな企業が官僚の顔色をうかがいながら「ほほう、そうきましたか」なんて駆け引きをする護送船団方式で到底太刀打ちできる世界ではないのだ。

●政府が「日の丸連合」を仕掛ける理由

 もちろん、エリート集団である経産省もそれはよく分かっている。ならば、なぜ分かっているのにもかかわらず、生き馬の目を抜く半導体業界で通用しない「日の丸連合」などという悪手をふれまわるのか。

 ひとつには、サムスンやインテルが行なってきた十数年前から、経産省は乱立する日本の半導体メーカーが共同で半導体受託会社を設立する「日の丸半導体連合」構想を進めようとしていたことがある。役所というのは「夢よもう一度」ではないが、前任者の政策に固執する傾向があるからだ。ただ、今回の東芝の場合に限って言えば、「オトナの事情」によるところが大きいと思っている。

 経産省や政府筋がネタ元になっているであろう報道を見ると、必ずといっていいほど以下のような説明がある。

 『東芝が売却する半導体メモリー事業は世界的にも屈指の高い技術力で、軍事転用もできることから、買収先によっては安全保障上の問題につながるとの懸念があがっている』(日テレニュース24 3月24日)

 『政府は、東芝の記憶用半導体、フラッシュメモリーの技術は、機密情報を管理するデータセンターなどにも使われるため、その技術が外国に流出することは、日本の機密保持や安全保障の観点から問題があると見ています』(NHKニュース 4月14日)

 行間から「中国に技術が渡らないように……」ということを述べたいのは明らかだが、実はこんな「危機」を煽(あお)り出したのは最近のことだ。2014年、東芝と提携しているサンディスクの日本人技術者が、今回の入札にも名乗りをあげている韓国のSKハイニックスに、NAND型フラッシュメモリの研究データを持ち出したことがあるが、その際にはこんな天下国家の話題は出ていない。

 なぜわずか3年でフラッシュメモリーは日本の安全保障を揺るがす大問題になったのかというと、かの国の安全保障にかかわってきたからだ。

 もうお分かりだろう、米国だ。

●中国に勢いをつけさせたくないという動き

 実は近年、中国の半導体大手、紫光集団(ユニチンファ)が米国の半導体企業に手を伸ばして、政府から「待った」がかかるケースが続発している。

 例えば、今回の交渉相手として名が出ているウェスタンデジタルは紫光集団が筆頭株主になるという話があったが、米政府がつぶした。有力候補とされるブロードコムも、紫光集団の子会社で、半導体の設計・開発を手掛ける展訊通信(スプレッドトラム)と提携している。

 中国はどうにか3次元NAND(従来の二次元メモリーよりも高密度のストレージを生み出す)の開発にまではこぎつけたものの、大量生産するノウハウがない。そこで米国の半導体企業を買ってしまえという動きがあり、それを米政府が牽制しているというわけだ。そう聞くと、「自国の技術が流出するのを恐れているのだな」と思うかもしれないが、そいう保護主義的な発想だけではない。日本政府が必死にマスコミにふれまわっているように、半導体技術は軍事転用が可能である。その技術を中国が持つのをどんな手を使ってでも阻止をしようという米国の強い意志も感じられる。

 それを象徴する出来事が、オバマ政権時に起きている。ドイツの半導体製造装置メーカー「アイクストロン」の米国内にある子会社を中国企業が買収しようとした際、大統領令を発してこれを阻止したのだ。「米国の安全保障の脅威になる」ということが理由である。

 米国内にあるとはいえ、ドイツ企業の買収案件に口を挟むくらいだから、いかに米国が中国の半導体技術を懸念しているかがうかがえよう。

 憲法よりも「日米安保」が優先されることからも分かるように、この国の政治家や官僚にとっては、なにをおいても米国との安全保障というものが優先される。

 中国の紫光集団はいまNANDの世界トップであるサムスン電機の2倍の投資計画をぶちまけて「猛追」を始めている。この勢いのまま東芝の技術を手にしたら3次元NAND市場でも中国が一気に台頭していく可能性もあるのだ。半導体競争は勝者がすべてを得られるが、敗者には何も残らない。

 そうなれば、軍事競争も含めて水面下でさまざまなつばぜり合いをしている米中のパワーバランスも大きく変えてしまうことでもある。

●米国様が騒ぎ始めて「日の丸」を掲げる

 東芝の技術は世界のパワーバランスも大きく変えるかもしれないのに、当の東芝自体は正直なところその価値をよく分かっていなかった。原発事業には湯水のごとく金を注ぎ込んでいたが、メモリ事業はライバルであるサムスンなどに負けないほどの投資を行なってこなかった。むしろ、市場拡大のためにその技術をサムスンに提供するなどかなり軽く見ていた。

 事実、フラッシュメモリを1987年に開発した舛岡富士雄さん(現・東北大名誉教授)も「部下も予算も付かない閑職」に飛ばされ、舛岡さんをはじめ関係各所に関わった技術者の半数は辞めたとおっしゃっている。

 「半導体技術をきちんと評価してこなかったのに、いまさら技術流出を言うのは遅い」(東京新聞 4月6日)

 この舛岡さんの言葉は、そのまま日本政府にもあてはまる。半導体技術をしっかりと評価をしてきていれば、「日の丸半導体」なんて時代遅れの発想が出るわけがない。米国様が騒ぎ始めたといってとってつけたように「危機」を煽るのも虫が良すぎる。

 かといって、このまま東芝メモリを手放すのは忍びない。技術流出云々もあるが、半導体が米中関係にこれだけ大きな影響を与えていることを考えれば、日米関係の「カード」にもなり得るからだ。

 そもそも、東芝メモリはルネサスやエルピーダとは事情が異なる超優良事業で、日本発のIoTサービスを構築するうえで必要不可欠な存在だ。これが海外勢に渡るのはある意味で、東芝という上場企業が日本からなくなるよりも大きな痛手ではないか。

 日本政府は「日の丸レスキュー」なんて負け戦を仕掛けるのではなく、東芝メモリを救う道を本気で考えていただきたい。

(窪田順生)

最終更新:4/18(火) 8:57

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