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<SL>歴史語り続ける車輪 長崎市から長与町へ、記念碑に

毎日新聞 4/18(火) 14:00配信

 長崎市中心部の公園に40年以上展示されてきた蒸気機関車(SL)の車輪が、長崎県長与町のJR長与駅前に展示されることになった。SLは長崎への原爆投下直後に走った救援列車の歴史を伝える役割を果たしてきた。老朽化で18日から解体が始まったが、最初の救援列車が出た長与駅で一部がモニュメントとして再生する。【加藤小夜】

 SLは1939年製のC57形。全長約20メートルで、旧国鉄から長崎市が無償で譲り受け、73年から同市賑町(にぎわいまち)の中央公園で展示されてきた。

 長崎市は1865(慶応元)年、英国商人のトーマス・グラバーが国内で初めて客車を引いたSLを走らせたことにちなみ「SL発祥の地」とされる。また、原爆投下後には、C51形のSLが救援列車をけん引して爆心地近くまで進み、多数の負傷者を乗せて市外に運んだ。

 中央公園のSLは救援列車として利用された記録はないものの、長崎とSLとの関わりを市民に伝える役割を果たし、説明板もある。だが長年吹きさらしの状態で展示されてきたため、車体内部が腐食。専門家による調査で「全体の移転や補修は難しい」と判断され、解体することになった。

 一方、長与町は2015年度から、平和の大切さを伝えようと、原爆投下と関連する場所に説明板を設置する事業を進めてきた。原爆投下の約1時間後に爆心地近くまで入った最初の救援列車は長与駅を出発したことから、駅周辺に説明板と一緒にSLの一部を展示する案が浮上。今年1月に長崎市に譲渡を申し入れ、直径1.8メートルの車輪二つを無償で譲り受けることになった。

 町は「被爆者が亡くなっていく今、原爆の記憶の継承のために活用したい」としている。

最終更新:4/18(火) 17:47

毎日新聞