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富士重工が社名変更 航空機業界でも通用するSUBARU に

ニュースソクラ 4/18(火) 14:30配信

熱狂的ファンがいる水平対向エンジンの魅力 次の一手は?

 富士重工業が2017年4月1日、SUBARU(スバル)に社名変更した。

 日本の自動車メーカーの大幅な社名変更は、1984年に当時の東洋工業がマツダに変わって以来となる。SUBARUは海外でも通用するブランド名に社名も統一し、航空機も開発する自動車メーカーとして生き残りを図る方針だが、死角はないのか。

 ブランド名を正式な社名とするのは、2008年に松下電器産業がパナソニックになった例などがあるが、カタカナの「スバル」ではなく、欧文の「SUBARU」に統一したのは日本企業としては珍しい。SUBARU首脳によると、「海外で富士重工が知られていなくても、SUBARUの知名度は高い。航空機業界でもSUBARUで通用する」という。

 かつての富士重工業は三菱重工業、川崎重工業と並び、航空機や自動車だけでなく、バスや鉄道車両なども手がける「総合輸送機器メーカー」だった。ところが、バスや鉄道車両のほか、新規参入した風力発電事業などからも撤退。今回、汎用エンジンなど産業機器事業からも撤退したことで、SUBARUは「自動車と航空機だけのブランド」になった。

 2017年4月3日付の全国紙の朝刊各紙には、「はじまるSUBARU」と題した同社の全面見開き2ページの広告が載った。「富士重工業株式会社は、株式会社SUBARUへ。モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」。

 そこには往年の名車「スバル360」や軽飛行機「FA200エアロスバル」の懐かしい写真とともに、新型インプレッサが登場。「飛行機研究所から100年。大空を自由に駆け巡るというモノづくりの最難関に挑んだ者たちの魂が脈々と息づいている」など、SUBARUが戦前の中島飛行機を前身にもつメーカーで、クルマ作りでは「安心」と「愉しさ」を追求していることをアピールした。

 自動車メーカーとしてのSUBARUは2016年、世界生産台数が102万台と、初の100万台の大台を突破し、三菱自動車の107万台に迫る勢いだが、世界シェアは約1%にとどまる。

 主要市場の米国ではシェアが約4%に届く時もあり、ブランド別では8位(日本車としてはトヨタ、日産、ホンダに次ぐ4位)にランクされるが、SUBARUの吉永泰之社長は NewsSocraの森一夫氏のインタビューでも「数を追わないという考え方は変わりません。自動車産業が成熟化してきている中で、・・・・・・中途半端に量を追うと、個性を失ってしまいます」と明言している(2016年12月4日「「わが経営」を語る 吉永泰之富士重工業社長(4)」)。

 かつての富士重工は、中島飛行機の流れを汲む技術力の高さゆえ、革新的かつ個性的な商品を次々と開発した。1966年には日本初の本格的な量産FF(フロントエンジン・フロントドライブ=前輪駆動)車のスバル1000、1970年代には当時、世界で唯一のAWD(全輪駆動)乗用車であるレオーネ4WDを発売。

 スペース効率に優れるFF車はその後、乗用車の標準となったほか、レガシィやインプレッサに代表される高性能なAWDは世界ラリー選手権で3連覇するなど、世界的にSUBARUの知名度を高めた。

 あまり知られていないが、1980年代に世界で初めて実用化に成功したCVT(無段変速機)も世界の主要メーカーが採用するようになった。富士重工は大メーカーを凌駕する新しい技術開発を行い、それが個性となった。

 軽飛行機と同じレイアウトで、回転バランスに優れた水平対向エンジンを採用するのも、世界でSUBARUとポルシェだけだ。SUBARUが、その「走り」の良さから、日本では「スバリスト」、米国では「Subie(スービー)」と呼ばれる熱狂的なファンに支えられてきた理由はここにある。

 問題は次の一手だ。自動車業界は自動運転に加え、環境対応で電動化が進むのは避けられそうにない。SUBARUは運転支援システム「アイサイト」の安全性能が世界でもトップレベルにあり、米国市場の好調さに結びついている。自動運転の研究開発も進めており、この分野で今後も世界をリードする可能性はある。

 しかし、クルマが電気自動車となれば、水平対向エンジンの個性は失われることになる。そんな時代に、果たしてSUBARUが「味」のある個性を維持し、世界シェア1%のニッチメーカーとして生き残ることができるのか。真価が問われることになる。

ニュースソクラ編集部

最終更新:4/18(火) 14:30

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