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日米貿易摩擦は50年代から 始まりは繊維・鉄鋼、80年代は車・半導体…

産経新聞 4/19(水) 7:55配信

 ■米に譲り衰退の歴史

 日米経済は、米国が日本の輸出削減を求め圧力をかける貿易摩擦の歴史でもあった。摩擦は1950年代から繊維や鉄鋼で始まり、米国の貿易赤字が急拡大した80、90年代に激化、日本は大きな譲歩を迫られ特定産業の衰退を招いた。 (山口暢彦)

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 80年代初めに摩擦の対象となったのは自動車だ。第2次オイルショックを機に燃費の良い日本車の対米輸出が急増。米国内でバッシングが強まり、81年に日本側が3年間の輸出自主規制を打ち出して事態は収束した。

 80年代半ばには、業績が悪化していた米半導体メーカー中心に批判が強まり、86年に日本市場での外国製品のシェアを高める「日米半導体協定」が締結された。90年代には当時のクリントン政権が日本に市場開放を強く求めた。

 農業分野でも牛肉・オレンジ交渉が77年に開始。日本は輸入枠拡大を段階的に受け入れ、88年に輸入規制の手法を数量から関税に変える一段の自由化をのまされた。

 みずほ総合研究所の徳田秀信主任エコノミストは、今後の日米交渉について「数値目標を掲げた米国製品の輸入拡大策などを示すべきでない。米側が簡単に報復できる根拠を与えてしまう」と警鐘を鳴らす。

 実際、日米半導体協定で米国は「市場の20%超を外国メーカーに開放する数値目標を日本が守っていない」と、パソコン、テレビなどへ100%の関税を課税し、日本の半導体メーカー衰退の原因となった。

 徳田氏は「交渉を為替問題まで波及させないことも重要だ」と強調する。円高誘導策を採用することになれば輸出全般が打撃を受けるからだ。

 日本政府は雇用創出で協力姿勢を示すなどして米国の先鋭化を防ぎつつ、双方が利益を得られる落としどころを探ることが求められる。

最終更新:4/19(水) 7:55

産経新聞