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アエロフロート・ロシア航空、モスクワ~東京線就航50周年記念レセプションを開催

Impress Watch 4/19(水) 15:55配信

 アエロフロート・ロシア航空は、1967年4月17日にモスクワ~東京線を就航してから50周年となる2017年4月17日に、東京・丸の内にあるパレスホテル東京において、記念レセプションを開催した。

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 レセプションには同社の日本支社長らが出席し、現役のCA(客室乗務員)による歴代制服のファッションショーも行なわれた。

■モスクワ~東京線は重要な路線の1つ

 モスクワ・シェレメチェヴォ空港と東京・羽田空港を結ぶ路線は、1967年4月17日にアエロフロートとJAL(日本航空)による共同運航便として就航した。使用された機材はツポレフ Tu-114型機。4発のターボプロップエンジンにより6万馬力に達する当時世界最大クラスの旅客機であり、無着陸での大陸横断を実現した。

 この就航はソ連と日本のさまざまな交渉を経て、1966年1月21日に締結した政府間合意により成立したもので、それまでの北極上空を経由するルートよりも約2500km短い、シベリア上空を航行する「空のシベリア幹線」が開通。燃料と時間の節約、北極海洋上を移動するよりも安全性が高まるなどの恩恵をもたらした。

 レセプションではまず、アエロフロート・ロシア航空 日本支社長のアレクセイ・スシュコ氏が登壇し、50周年を迎えたことに感謝を述べたあと、「1967年4月17日、モスクワ発東京行きの第1便は、ソ連政府代表団と乗客を乗せて、シェレメチェヴォ空港から羽田空港へ飛び立ちました。ハリトン・ツボヴレボフ機長をはじめとした乗務員一同は、完璧に任務を遂行したといいます。東京線の開設は民間航空の歴史の転換点となっただけでなく、その後も長年にわたり、日露両国の政治、経済関係にも大きな影響を与えるできごとでした」と歴史を振り返った。

 そして半世紀が経った今も東京線はもっとも需要が高い路線の1つで、毎年約16万5000人の搭乗客を運んでおり、そのうち8割以上がモスクワを経由してロシアの国内線や欧州、CIS諸国、バルト諸国、中近東や米国への乗り継ぎ便を利用していると紹介。

 最後に「欧州とアジアを結ぶ乗り継ぎ需要への取り組みは、私たちの重要な戦略の1つであり、日露両国の都市をつなぐフライトはこれからももっとも重要な路線の1つであり続けることでしょう。50年にわたり皆さまから頂戴したご支援に御礼申し上げるとともに、これからの50年、さらにその先も変わらぬご協力をお願い申し上げます」と、挨拶を終えた。

■ロシアと日本は隣国でパートナー

 続いて駐日ロシア連邦特命全権大使のエヴゲーニー・ウラジーミロヴィッチ・アファナシエフ氏が登壇。アエロフロートとJALが両国の首都の間を、当時最先端で利便性の高いTu-114型機を共同で運航したことの下地には、1966年1月21日にソ連と日本を結ぶ直行便に関する政府間合意があったと述べ、戦後の両国の成長に重要なものであったと振り返った。

「現在、東京発のアエロフロート便がシベリア上空を飛んで、ロンドン、パリ、ローマをはじめとする欧州の各都市とつながっています。欧州と日本の間にはロシアのみしかありません。ロシアと日本は隣国で、パートナーです。国際情勢が荒れていても、両国の関係は発展しています。プーチン大統領と安倍首相との間で積極的なコンタクトが交わされている意義が大きいからです」と、両国の良好な関係を強調。

「ロシアと日本の交流が今後も拡大していくことによって、モスクワ~東京線が常に満席であり続けるものと確信しています。パイロットに美しい空を、乗客の皆さまに快適な飛行、安全な旅を」と挨拶した。

■ロシアは日本の観光にとって大きな魅力ある重要な市場

 来賓を代表して、国土交通省 航空局(国際)担当大臣 審議官の松本大樹氏が登壇。50周年のお祝いを述べたあと、就航当時は週1便だったが、現在は両国の航空会社が合わせて週10便運航し、2016年は東京~モスクワ間で約21万人が行き来したことを紹介。日本政府が2020年に向けて、訪日外国人旅行者数4000万人の目標を掲げているが、2月に日本政府観光局がモスクワに事務所を開設するなど、ロシアは日本の観光にとって大きな魅力ある重要な市場として位置付けていると説明した。

 両国間の人的交流の拡大については、両国政府でも重要な課題とされており、2016年12月、プーチン大統領が来日した際の首脳会談でも指摘されているとし、日本からロシアへの渡航・交流人口の拡大については、JATA(日本旅行業協会)を中心に、旅行会社や航空会社が連携して、あらたな旅行商品を開発する取り組みを進めていると話した。

「アエロフロート・ロシア航空が日本就航50周年という節目を迎えて、今後ますます両国の交流が拡大するものと確信しておりますので、引き続きまして皆さまのご協力をぜひともお願いしたいと思います。観光交流をはじめとする日露関係の一層の発展を祈念しております。本日はおめでとうございます」と祝辞を終えた。

 乾杯の挨拶は、JATA理事長の志村格氏が務めた。アエロフロート・ロシア航空は日本から欧州やCIS諸国に向かうのに便利な路線を多く就航しており、機内食は美味しく、アレルギーなどへの配慮もなされており、「日本の旅行会社から見て、とてもありがたい素晴らしい航空会社」であると紹介。

「さらなる50年に向けてご発展いただくこと、皆さまのご健勝を祈念してザ・ズダローヴィエ、乾杯!」と発声を行なった。

■アエロフロート・ロシア航空のCAによる歴代制服のファッションショー

 レセプションの途中では、アエロフロート・ロシア航空のCAが歴代の制服を着用したファッションショーが行なわれた。

■1967年4月17日の初便に乗務したCAが登場

 ファッションショーの終わりには、1967年4月17日の初便にCAとして乗務したタチアーナ・ヴィノグラードヴァ氏が登場した。ヴィノグラードヴァ氏は1962年入社。アエロフロート・ロシア航空の広告にたびたび起用され、同社の「顔」として活躍。現在は若手の育成にあたっている。スシュコ日本支社長からの花束贈呈を受けて、挨拶に立った。

 50年前の就航時、Tu-114型機をアエロフロートがリース、機長はアエロフロート側が務め、機内のサービスはJALと2社共同であたり、当時としては非常にめずらしく新しい共同運航であり、歴史に残るできごとだったと述べ、「私たち客室乗務員にとって、この路線に乗務することは非常に名誉なことで、お客さまへの愛をもって、お客さまをおもてなしすることが大切と思い、働いておりました」と振り返った。

 JALとの共同運航のなかで、2社のスタッフは仲よく家族同然のようになり、数年後に2社が単独運航となる際にはとても名残惜しく、お互いを思い合う関係だったと話し、「お互いの間には大きな友情があり、隣国同士であり、今後も仲よくお付き合いしていけることを願っております。そして客室乗務員、スタッフ一同、皆さまのご搭乗を心よりお待ちしております」と述べ、深々と頭を下げた。

トラベル Watch,編集部:稲葉隆司

最終更新:4/19(水) 15:55

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