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『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』全員で遊び、全員で作る。開発環境すら“オープンエア”にした、常識を越えた作品作りに迫る開発者インタビュー【前編】

4/20(木) 18:02配信

ファミ通.com

取材・編集:編集部 世界三大三代川、取材・編集:編集部 阿部ピロシ、文・取材:ライター 卵を守る雨宮、取材:編集部 藤川Q

●この作品、聞けば聞くほど……凄い!!
 従来のシリーズから劇的に変化を遂げ、世界から絶賛をもって迎えられた『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下、『ブレス オブ ザ ワイルド』)。革新性に満ちた遊び、緻密なレベルデザイン、独特で美しいアートワーク、魅惑的なサウンド……など、あらゆる面で称賛されている本作は、あの名作『ゼルダの伝説 時のオカリナ』をも越えたシリーズ最高傑作である、と評する声も聞かれる。
 これほどの作品がいかにして生まれたのか? その秘密の断片は、すでに多くの場で語られており、とくにGDC2017での講演(リポート記事は→コチラ)や、『ブレス オブ ザ ワイルド』公式サイトと、『ゼルダ』シリーズのポータルサイト“ゼルダの伝説ポータル”では、従来の常識を越えた驚異的な開発手法が明かされている。

 本記事では、それらで明かされた事実を踏まえつつ、さらに開発の秘密に迫るべく、開発者へのインタビューを敢行した。今回取材に応じてくださったのは、本作の開発におけるキーマンというべき5人。長時間に及ぶ取材で明かされた秘話を、2回に分けてたっぷりとお届けしよう。なお、一部ストーリーにまつわるネタバレなどを含むため、未プレイの方はご注意いただきたい。


[関連記事](2017年4月21日夕方公開予定)
・『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』祠の解法は3つ以上!? DLC&新作も聞く、アタリマエを超えた驚異の作品作りに迫る開発者インタビュー【後編】

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【写真左から】
テクニカルディレクター:堂田卓宏氏(文中は堂田)
ディレクター:藤林秀麿氏(文中は藤林)
プロデューサー:青沼英二氏(文中は青沼)
アートディレクター:滝澤智氏(文中は滝澤)
サウンドディレクター:若井淑氏(文中は若井)

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●5人のキーパーソンと“初めての『ゼルダ』”
――まずは、皆さんが担当されたお仕事と、初めてプレイした『ゼルダの伝説』シリーズや、これまで担当したシリーズ作など、『ゼルダ』との関わりについて教えてください。まず、堂田さんからお願いします。

堂田 本作ではテクニカルディレクターとして、技術を使ってどうゲームをおもしろくするか、その仕組み作りを担当しました。初めてプレイした『ゼルダの伝説』は、初代『ゼルダの伝説』です。ディスクシステムが発売されたときに遊んだのですが、難しくて……当時クリアーした記憶はないです(笑)。つぎに遊んだのがスーパーファミコンの『神々のトライフォース』で、以降は発売された順番でだいたいプレイしています。開発者としては、『トワイライトプリンセス』、『スカイウォードソード』で画面の特殊効果を演出する技術を提供したり、『風のタクト HD』でプログラムディレクターを担当しましたが、いちから『ゼルダ』の制作に関わったのは、今回が初めてです。

――ではつぎに、藤林さん、お願いします。

藤林 開発者としてシリーズに携わったのは、ずいぶん前からですね。ゲームボーイカラーの『ふしぎの木の実』2作を作り、『4つの剣』、『ふしぎのぼうし』を制作後、任天堂に入って『夢幻の砂時計』のサブディレクターに。その後『スカイウォードソード』、そして今回の『ブレス オブ ザ ワイルド』ではどちらもディレクターをやらせていただいています。最初に遊んだ『ゼルダ』は、やはりディスクシステムの初代『ゼルダの伝説』ですね。これのためにお年玉をずっと貯めていて、発売日に買いに行ったら発売延期になっていましたが……。
一同 (笑)
藤林 「おい、任天堂!!!」と思いながら家に帰って、後日また買いに行ったのを覚えています(笑)。

――(笑)。では滝澤さん、お願いします。

滝澤 本作では、アートディレクターとして絵のまとめ役をやらせていただいています。『ゼルダの伝説』との出会いは、やはり初代ですが、当時は数あるおもしろいゲームの中のひとつぐらいの感覚でした。でも、大学生のときに『神々のトライフォース』をプレイして、「こんなにおもしろいゲームがあるんだ!」と衝撃を受けて、任天堂に入社しようと思ったことを、よく覚えています。開発者としては、『スカイウォードソード』だけはデザインサポートでしたが、『時のオカリナ』以降のいわゆる据え置き型ハードで発売された“3Dゼルダ”に、みっちり関わっています。

――若井さん、お願いします。

若井 僕はディスクシステムを親に買ってもらうことができなかったので(苦笑)。スーパーファミコンの『神々のトライフォース』が『ゼルダ』デビューでした。
藤林 そこは自分で貯めなきゃ!
若井 だよね(笑)。開発者としては、『風のタクト』のBGM作成が最初です。今作では、『スカイウォードソード』に引き続き、サウンドディレクターを務めていますが、前作のコンポーズ(作曲)寄りの立ち位置から、全体を見ながらサウンドをディレクションしました。

――最後に青沼さん、お願いします。

青沼 プロデューサーです。まぁ、火付け役ですね。僕が初めて遊んだ『ゼルダ』は……じつは任天堂に入社した段階では、遊んだことがなかったんです。

――えっ! そうなんですか?

青沼 僕が入社したのは、ちょうど『ファミコングランプリII 3Dホットラリー』を作っていたころです。宮本さん(宮本茂氏)がいる部署に挨拶に行ったら、前日徹夜で作っていたらしく、みんな眠い顔上げてこちらを見たのを覚えています(笑)。その中に岩田(故・岩田聡氏。任天堂元代表取締役社長)もいたという、いま思うとすごい状況だったのですが、そのときすでに初代の『ゼルダ』は発売されていたんですよね。

――それなのに、遊んだことがなかったという……?

青沼 ですので、任天堂に入ってから、ゲームに慣れなければいけないと思って、遊んだ記憶があります。だから純粋なプライベートでは、『ゼルダ』を遊んだことがないんですよ。それで、仕事として初代『ゼルダ』を触ったら、難しくて先に進めなくて、「あんまりおもしろくないなぁ」って(笑)。
一同 (笑)
青沼 でもその後、同じ部署で『神々のトライフォース』を作っていたので、モニタープレイをさせてもらったら、「これはすごいゲームだ、同じ『ゼルダ』とは思えない!」みたいな(笑)。こういうゲームだったら作ってみたいなと思ったのが、ゲーム自体を作り出すきっかけになったところはありますね。開発者として実際に携わったのは、3D、2D問わず、『時のオカリナ』以降のシリーズほぼ全部に関わっています。

●アタリマエを見直す、伝説はここからはじまった
――改めて開発の経緯をうかがいたいのですが、本作を制作するにあたり、“『ゼルダ』のアタリマエを見直す”というキーワードがあったと思います。この言葉は、2013年1月の“Wii U Direct”で初めて公表されましたが(当時のリポート記事は→コチラ、そもそもどんな経緯から生まれたキーワードだったのでしょうか?

青沼 “アタリマエを見直す”は、『風のタクト HD』を制作していたころに、新作についてのコメントを求められて出したキーワードです。当時『スカイウォードソード』を遊んでくれたユーザーの意見を見たときに、『ゼルダ』がゲームとして少し行き詰まってきた感じがしたんです。こういう作りかたでは、もうダメなのではないかと。そこで、藤林とふたりで「いままでの当たり前を壊していかないとダメなんだよな!」ということを言い始めたんです。『風のタクトHD』を作ったときは、すでに『ブレス オブ ザ ワイルド』の母体となる世界を作り始めていたので、この世界でどんなことができるのか、“アタリマエを見直す”をキーワードにして考えていこうと。自然とそうなりましたね。

――“変えなければいけない”という強い思いがあったのですね。

青沼 そうです。ただ、開発チーム内では、まだピンと来ていない人もいました。僕ら自身も、“アタリマエを見直す”とは言っても、何を維持して、何を変えるのか、いろいろと試行錯誤していた最中のことでした。
藤林 “『ゼルダ』のアタリマエを見直す”という、スローガン自体が先にあったわけではなくて、対外的に説明するときに、ピタッと来る言葉が“アタリマエを見直す”だったという感覚が近いですね。

――先日のGDC2017の講演では、開発初期にテストとして2Dのプロトタイプを作成されていたことが明かされて、大きな話題になりましたね。開発の順序としては、『風のタクト HD』制作後に、本作の2Dプロトタイプが作成され、開発が本格化した、という流れでしょうか?

堂田 本作のもともとのコンセプトとして、とにかく広いフィールドを、ロードなしでシームレスに冒険したい、そして遠くに見える場所にもたどり着けるようにしたい、というものがありました。でも、フィールドを広くしただけでゲームがおもしろくなるわけではないので、世界を作ることと平行して、おもしろさを生み出すものとして、“掛け算の遊び”(詳細は→コチラ)を入れることにしました。ただ、それを3Dで試作すると、とても手間がかかってしまうので、コンセプトが合っているかを確認するために、2Dのプロトタイプを制作したんです。ですので、世界作りと並行して、遊びかたを詰めるために2Dプロトタイプを同時に作った形ですね。
藤林 2Dで作っているから2Dの発想をして、3Dになったから3Dで考える……といった順序立てて切り換えるわけではなくて。3Dで世界を制作している最中にも、こっちでは2Dで、という感じで、いろいろなスタッフが本作の原型になるものを作るため、同時並行的にいろいろなことをしていましたね。

――2Dプロトタイプも並行して試していたものだったんですね……! 開発は何人体制でスタートしましたか?

藤林 最初はひと桁から始まりました。
青沼 方向性が定まって、いろいろなものを量産しないといけなくなったときに、ガッと人数を増やしました。でも、これほどの数になるとは思わなかったです。「300人って!! こんなに増やして、会社になんて説明したらいいんだよ!?」みたいな感じでした(笑)。

●本当に作りたかった『ゼルダの伝説』の形
――では、開発当初はこんなに壮大なスケールのゲームになるイメージはなかったのですね?

堂田 そうですね。フィールドが広いということと、中の“具”の方向性が見え出したあたりで、いまの完成形に近いものが、ビジョンとして見えてきた感じですね。
青沼 開発するにあたって、“決められた道筋で解く『ゼルダ』”ではないものを作りたい、という考えがあったからこそ、“広い世界”が必要でした。ただ、その考え自体は、昔から『ゼルダ』でやりたいと思っていたことなんです。ハードの性能の問題でできなかったり、それを技術的に実現できるスタッフがいなかったりで、先延ばしにしてきただけで。それが今回は、「やりたい」と言ってくれる熱意溢れるスタッフが集まって来たので、みんながそれだけやりたいと言うなら、では見せてもらおうか、となったわけです(笑)。

――まさに機が熟した、と。

青沼 スタッフみんなの意欲に勇気づけられて挑んだ、というところはありますね。僕は基本的に小心者なので、ひとりの決断では無理でした。
堂田 えっ、最初に青沼さんが「やるぞ!」って……。

――……あれ?(笑)。

滝澤 確かに自分もやりたいと言ってはいましたけど、最初に青沼さんに呼ばれて「やりたいんや!」って説得されましたよ(笑)。
青沼 ……いろいろあったんだよね(笑)。お互いに相手の出方を見ながら。
滝澤 説得されたとき、「青沼さんは本気だ!」と思いました。
青沼 やはり、やりたいことがあるのに、できないからと諦めてしまうと、ユーザーにはわかってしまうんですよね。だから、逃げないもの作りをしたいと話した記憶があります。
藤林 当時は、2Dプロトタイプなどの触れるものが入ったROMを用意して、恐る恐る「広大なフィールドで遊ぶ『ゼルダ』ってどう?」、「これで武器がたくさんあったらどうですかね?」と、いろいろな人に、探りを入れる形でプレゼンしたのを覚えていますね。

――2Dプロトタイプは、プレゼン用としても役立っていたのですね。

青沼 説得しないといけないので、わかりやすいものを用意したという狙いはありましたね。何もない状態でドーンと大きなことをぶちまけても、「夢みたいなことを言ってるな」と思われるだけなので(笑)。

堂田 理解が得られるであろう言っていいラインを見極めて、「つぎはこの要素を入れたものを見せよう」と、順番に押し上げていくようにしていました。少しずつ少しずつ(笑)。

――(笑)。本作を制作するにあたり、海外のオープンワールドのゲームを参考にしたりはしましたか?

青沼 「海外でこういうものが流行っているね」といった話はしていましたが、直接何かを参考にしたことはないですね。もちろん、いちプレイヤーとして遊んでいたりはするので、無意識に刻み込まれて、違う形で出てきているものはあるかもしれません。でも、企画を練っている中で「アノ作品のアレをやりたいです」みたいなことはなかったです。
藤林 『スカイウォードソード』のときの話になりますが、あの作品では空から下界に降りるときに、ロードが入ってしまったんですよね。これがシームレスにつながっていたら、上空から下界の人を見つけて、「あそこで事件が起こっているから行こう!」といったことができたんです。実際、企画段階ではそんなネタがあったのですが、実現できなかった。そういういままでシリーズでやりたいけどできなかったことを、今回ならできるよね、といって作っていったというのはありますね。

●開発スタイルもオープンエア!?
――以前青沼さんにお話をうかがったときに、「“アタリマエ”を見直そうとしても、スタッフがついつい“いつもの『ゼルダ』”に戻してしまう」と仰っていたのを覚えています。それが今回は、“アタリマエ”を劇的に“見直す”ことに成功されていると思いますが、なぜこんなことができたのでしょうか?

青沼 アイデアが出てこないときなどは、過去のものに置き換えたほうがラクだったりするじゃないですか。それでも“作っている感”は出るし、制作も進みますから。でもそれって、いつもと同じことをしているだけで、今回目指しているものと違うよね、と。だから、とくに開発初期には、「安易に過去のものに置き換えないように」とスタッフに話しました。ただ、2Dプロトタイプを作ったあたりからは、いままでと作りかたが違うな、という方向に転じていきましたね。

――コレはいけそうだ、という手応えが出てきたということでしょうか?

青沼 いや、新しいものを作っているときって、評価ができないんですよ。“なんだかわからないもの”を作っていて、なんとなく気持ち悪い感じで(笑)。ただ、ずっと触っていたい、みたいな。
藤林 呼びようのない、よくわからない感覚が出てきたあたりでは、まだみんな自信はなかったと思います。でもいま思うと、なんとなく手応えというか、“いいかも”という感覚は感じていたのかな、と。
青沼 いまだから言えますが、いろいろな意見がバンバン出てくる中で、「これはどう収拾をつけるんだろう」と混沌とした時期もありました(笑)。
藤林 でも、スタッフたちが勝手に“特命委員会”を発足して乗り越えてくれたんです。

――特命委員会!? それはいったい……?

藤林 開発ルームの僕たちの席の後ろに、ちょうど大きな机があって、そこで開かれていた会議です。難しい懸案事項の関係者が集まって、問題を解決して仕様に落とすんですね。解決するまで終わらない会議。たとえば、武器や食べ物、動物関係などは、綿密に関係性があるわけですが、そこをとことんまで、本当に時間をかけて、各セクションの垣根を越えて、検討していました。すごくたいへんそうでしたけど、楽しそうに話し合っていましたね(笑)。

――具体的には、どんな話し合いがあったのでしょうか?

堂田 たとえば防具の染色は、デザイナーの特命会議での発言が、導入のきっかけでした。結果的にデザイナーは自分の仕事を増やすことになるのですが、素材を集めて何が起こるか、そのひとつに染色があれば、プレイヤーが素材を集めるモチベーションにつながるのではないか、と。
藤林 そしてその話を素材班の人が聞いて、「素材の色があるから、その色を使ったらどうだろう?」というように、新たな提案があって……。

――おお、それはとても理想的な組織ですね!

青沼 パーテーションでギチギチに仕切られた環境ではなく、ドンと大きいテーブルがあって、それを背中越しにみんなが聞いているんです。すると「それって……」という感じで、ほかのスタッフが加わったりするんですよね。いままで見たことがない、おもしろい進めかたでした。
藤林 滝澤は、ずっと「風通しをよくしよう!」と言い続けていましたよね。
滝澤 昔から「ブースはいらん!」と、ずっと言っていました。ただ、どうしても落ち着く空間で集中して作業をしたい人も、けっこういるので……。
青沼 滝澤は、ほぼ通路みたいなところで仕事をしていたよね。なんの覆いもなくて、「あれで落ち着けるのか?」と心配になるくらい(笑)。
滝澤 デザイナーはみんな「イヤだ!」と反対していたのですが、リードアーティストなど、リーダーの人たちには、「全員道連れだ!」と言って、パーテーションを取っ払っちゃいました(笑)。

――デザイナーさんはとくに、まわりを囲って集中して作業を行うイメージがありますが……。

滝澤 でも、慣れると意外にいいものなんですよ。さわやかで、風通しがよくて、お互いに声をかけやすくなりますから。

――たしかに、いろいろな人が話しかけやすくなりますね。

滝澤 まさに、そこを狙っていました。

――でも、さすがにサウンドチームは、いっしょに机は並べられないですよね?

若井 そうですね。ただ、『スカイウォードソード』のときとは異なり、同じフロアで仕事ができるようになったんです。以前はフロアが違ったので、僕の部屋まで声をかけに来てくれる人が、あまりいなかったんですよ。
一同 (笑)
若井 今回は本当にいろいろな人が、ことあるごとに声をかけてくれたり、実際に部屋に来て曲を聴いてもらったりすることが増えましたね。本音を言うと、席をプランナーさんの近くに用意しようか、という話もあったのですが、プランナーさんの近くは人気があって(笑)。これは実現しませんでした。
青沼 でも、ブースにこもりきりの人は、あまりいなかったですよね。みんな会議に参加して。
藤林 サウンドのスタッフも、プランナーの定例会議に参加していましたからね。

――とても開かれた開発環境だったのですね。

青沼 開発環境もオープンエアなんです!
一同 (爆笑)

●“オープンエア”の言葉に込められた世界の意味
――本作は“オープンエア”と呼称されていますが、いわゆる“オープンワールド”との違いは何なのか。改めて、お聞かせください。

藤林 “オープンエア”を作るにあたって、スタッフにお願いしたのは、とにかく“壁がない”、“イライラすることがない”、ということです。具体的に言うなら、障害物がないとか、謎解きの解法が1本道ではないとか、登場人物がおもてなししすぎない、といったことですね。

――“おもてなししすぎない”とは……?

滝澤 前々から、話しかけられた人が必ず相手のほうを向いて正対して応じることが、すごくゲームならではだなと思っていて、そういうゲーム的なアタリマエも、もう少しリアリティーのあるようにやりたいなとは考えていたんです。
青沼 主人公がいつももてなされていると、作られた世界の感覚が強くなってしまいますよね。そこに世界があって、“リンクはただ介入者としているだけ”というようにしたいなと。
藤林 ですので、“リンクがいなくても、この世界はちゃんと回って、動いている”ことを目指しました。そういう空気感も、“オープンエア”に関与しているのではないかと思います。そして、リンクと世界の人々の距離に一線を引くことを徹底したおかげで、逆に正対して応じてくれる人がいると、リンクをさりげなく誘導する導線に使えるという発見もありました。それでもプランナーサイドからは不満が出てきまして、「この人は振り向きたいんだ」、「いや振り向いたらおかしいんだ」と、よく“正対VS振り向き戦争”が起こっていました。
一同 (笑)
藤林 最終的に、ギリギリお互いの妥協点を見つけて振り向かせることで、自分を待っている人が、なんとなくわかるようになっています。

――始まりの台地にいる老人などもそうですよね。まさにこっちを見ていて、「話しかけるべきかなぁ……?」と、自然に思いました。

藤林 正対VS振り向き戦争の生き残りですね(笑)。あからさまに待っていますが、それに逆らうか話しかけるかは、リンクしだいなんです。
青沼 あと、先ほど壁の話が出たのですが、『ゼルダ』は初代からずっと、視界や行く手をふさぐ壁との戦いだったんです。だから、壁を取っ払ったときに“どういうものが見えたらうれしいの?”を徹底的にやっています。山や壁を登った先に見えるバーンと広がった世界、そこにどこからも行ける喜びが重要なんだ、というのは、いままで囲われていた世界にいた経験があったからこそなんですよね。開けた世界の開放感とワクワクも“オープンエア”なんですよ。

――思い返すと、2015年に青沼さんご自身から開発の延期を告げる動画が発表されましたが(当時のリポート記事は→コチラ)、この延期は、やはり“オープンエア”を作るたいへんさ、物量の多さから、開発が難航した結果だったのでしょうか?

青沼 あのときの延期発表は、じつはNintendo Switchのローンチに合わせて発売することが決まったからでもありました。僕らとしても、ゲームを磨き上げるため、時間はいくらでもほしいと思っていたので、渡りに船ではあったのですが。延期発表時に、岩田から「時間をもらったぶん、すごくよいものにすると、ユーザーに自信を持って言ってください」と言われたので、ああいった言いかたでの発表になりました。

――“もっとも完成度の高い、究極の『ゼルダ』ゲーム”を作ると宣言されていましたよね。『ゼルダ』は、ただでさえファンの期待値が高いシリーズですから、さらにハードル上げる宣言をされたことに、驚きました。

青沼 あれは、まわりから「言ってもらわないと困ります!」と言われたんですよ。内心では「これ言っちゃうの……?」と思いつつでしたが、プロデューサーはハードル上げる担当ですので(笑)。でも、このとき宣言したことで、中途半端なものを出したらもったいない、とことんまで作りたい、という気持ちが芽生えたんですよね。あの動画を発表したときは、まだ、Nintendo Switchへの対応は行われていなかったのですが、延期する時間を使って、両機種へ対応するだけでなく、絶対にいいものにすると、決意表明をする動画でもありました。

――Nintendo Switchに対応が決まって、仕様が変わったことはありましたか? Wii U版の開発中のものでは、Wii U GamePadにマップが表示されていた気がしますが。

青沼 あー、そこ触れます?(笑)。宮本といっしょにWii U版をプレゼンした動画に映っていますし、隠してもしょうがないので言いますが、最初はWii U GamePadにマップを表示していたんです。それが、Nintendo Switchに対応するときに、1画面になるので、どうしようかと。そのまま現場に「対応して」と投げたら混乱するに決まっているので、じつはWii U GamePadを使わない、1画面用の仕様は僕が書いているんです。実際に作ったのはスタッフですが、こういう変更にすれば大きな影響はないから、これで行こうと、なかば強制的に説得するようにして(笑)。ただ、テレビ画面右下のスモールマップを見ながら遊ぶ形を試してみたところ、とても快適だったので、Wii U版も1画面で遊べるように統一して、仕様を変更しました。それ以外では、大きく仕様変更した部分はないですね。

●フィールド作りの極意は“重ね塗り”!?
――改めて、本作の世界はものすごく広大ですが、どこから手を付けて組み立てられたのでしょうか?

藤林 明確な順番はありません。ダンジョンは置かないといけないし、今回は塔もある、フィールドも砂漠や森、火山などがあって……と、やるべきことはだいたい脳内で決まっているので、すべて同時並行でした。ベースとなるハイラルの大地はありましたので、そこに必要なものを、導線を考えて配置していく感じですね。
滝澤 フィールド地形のデザインも、プランナーとやり取りをしながら並行で作っていきました。

――各地方をある程度イメージして、それに合わせて作っていく形ですか?

藤林 寒い、暑い、高い、水場などの地形の条件や、リンクのアクションを考えてですね。どんな地形があったら遊べるかを、先ほどお話しした2Dプロトタイプのマップや、リンクのいろいろなアクションを試せる専用の3D空間で試して、「このアクションが活きる地形ってどんなところだろう?」、「熱帯雨林ならこんな形の木があるので……」といったように、フィールドのエリアにしていきました。
青沼 デザインに関して言うと、昔はひとつの世界を作るのに、端から組み立てていくスタイルでした。でも今回は違っていて、フィールド全体のクオリティーを徐々に上げていく形で作っています。最初はペンペン草が生えているだけの場所を、歩いて確かめながら、そこにネタをどんどん足していったんです。足しながら、この場所はこういう形であるべきという方向性が決まると、デザイナーが手を入れる。そしてさらに、その上を歩いて要素を加えて、どんどんフィールドの密度を濃くしていきました。
堂田 僕たちは“重ね塗り”という言いかたをしていましたね。プラモデルを作るときのような感じで、“色”を全体に、何層も順番に塗っていく。
青沼 いままでのシリーズのように別々のフィールドを作って、つなぐだけというのではなく、毎日フィールドを育てていた感覚ですね。ですので、開発の中盤あたりでは、こんなにいろいろな遊びがあるのに、なかなかPRの素材が出せないという、プロデューサーとしていちばん困る状態が続きました(苦笑)。
滝澤 2016年のE3で公開した始まりの台地は、「これが製品クオリティーです」と、スタッフとしても指針となるものでした。

――最初に“重ね塗り”で仕上げた、いわば“清書”したところなのですね。

滝澤 そうですね。
藤林 あそこは、行商人やルピーは出てこないのですが、それ以外の基本はすべて存在していて、世界の縮図になっているんです。

――ユーザーにとってはチュートリアルに近いものにもなっていますよね。

藤林 明らかにチュートリアルとわかるものを入れると、1本道になってしまいます。でも、フィールドを大きく作って、その中すべてをチュートリアルにしたら、1本道とは思われないだろうと考えたんです。
青沼 “いかにも”なチュートリアルはイヤでしたから。いつも「『ゼルダ』はお膳立てが長い」と言われがちなので、いきなりアクションが楽しめるようにしました。

――『ブレス オブ ザ ワイルド』公式サイトや“ゼルダの伝説ポータル”で公開されているメイキング動画によると、今回のハイラルは、京都をベースにされているそうですが、京都の名残が残っている部分はありますか?

藤林 ハイラル=京都ではなく、単に距離感を見る基準として使っていただけなので、名残はないですね。
青沼 藤林は京都出身ですから、距離的なものを見るときに、昔から知っている京都の距離感が、スッと入ってきやすかったんでしょうね。ただ、僕らは京都出身ではないので、あまり入ってきませんでしたけど(笑)。
藤林 関東出身の人に得意気に話したら、ポカーンとされて。「あ、京都の距離とかわからへんのか……」とがっくりしたこともありました(笑)。
滝澤 でも、僕なんかの地元じゃない人が当時の開発中のものをプレイすると、清水寺や東寺があるから、そこに行って「わぁ、清水寺や!」と喜べるっていう(笑)。距離感はわからないんですけど、それが妙にうれしいんですよね。もはや観光客ですね(笑)。

――(笑)。開発中は、実際に清水寺などの京都の主要スポットが建っていたんですね。

藤林 ありましたね。金閣寺と清水寺と、京都駅と京都タワーがあって、あとは銀閣寺もありましたね。左のほうには、長岡天満宮とかもありました。全部モデルを作っていて。真ん中に、ハイラル城ではなくて、姫路城があったんですよ。

――京都に姫路城ですか!?

藤林 姫路城は一押しだったんですけどね(笑)。城の中に入って攻略するのがすごく楽しかったです。
青沼 彼の大好きなお城なんですよ。お城マニアなので(笑)。

――その開発中のものをプレイしてみたいですね! 滝澤さんは、その疑似京都をプレイして観光を楽しまれたと(笑)。

滝澤 そうですね。名勝、史跡の上に立ってあたりを眺めるのがすごく気持ちよくて、妙にうれしかったんです。当時から現在の形に通じる片鱗があったんじゃないかと思いますね。高いところから見下ろして、実際にその場に行く気持ちよさという。


――今回、遠景まではっきり見えることに驚かされました。これは技術的にも相当に困難なことだったのではないかと思うのですが……?

堂田 すべての苦労はひと通り経験したのではないでしょうか(苦笑)。とくに望遠鏡が……。
藤林 後で絶対ネックになるのがわかっていたので、何か削ってもいいから、最初から「望遠鏡で見られるようにして!」とお願いしていました。
堂田 やはり遠くにあるものほど、そのクオリティーは下がるんですよ。それをアップで見られてしまうという、デザイナーの悲鳴が……(笑)。
滝澤 「これ見られちゃうの?」と、地形担当のデザイナーたちは、だいぶ悩ましかったみたいですね。理屈ではわかっているけど、アーティスト魂がジャマをする、みたいな(笑)。
堂田 ただ、ゲームの形ができていくと、どこまでを我慢して、どこまでクオリティーを担保するかという、建設的な話に変わりましたよね。
藤林 遠くからでも目立つように、デザイナーが試練の祠の光をオレンジに変えてくれたりとか。
滝澤 オレンジの光だと、夜になるとすごく見つけやすくなるので、夜の意味も生まれる。今回は、このように連鎖的によくなることが、いろいろなケースでありましたね。

――確かに、遥か遠くにオレンジの光がチラっと見えると、絶対にそこまで行ってみたくなるんですよね。

滝澤 高いところに登って、見渡したときに気になるモノがあるから、そこに行きたくなる。それが本作の醍醐味だと、デザイナーも理解して作っていましたから、描画処理に関しては、本当に最後まで、プログラマーも含めて、最適化していく挑戦をしてくれました。ここは、もっとも突き詰めて作った部分でもありますね。

――プレイしてみないとわからない見えかた、感じかたを、テストプレイを重ねながら、少しづつ調整していったのですね。

滝澤 担当者はとにかく歩きましたね。歩いて実地で調べて、「このあたりには何かあったほうがいいね」といった調査をくり返して作り上げていきました。
藤林 開発中は、何もないところに行くと“何もないよ”とメッセージが表示されるようになっていたんです。望遠鏡で見ると、そのメッセージがいたるところに残っていて、何もないところを逐一確認することができました。
青沼 分布図などを見るだけではダメなんですよ。そこにいたるまでの道を実際にしっかり歩いて、“何もない”と感じることが重要でした。
滝澤 地形デザイナーがまだ自分の足で歩いていなかった段階では、馬で走って気持ちのいい広場を作らなければいけないところなのに、見栄え的な都合からいろいろなものを置いてしまい、結果として、走っていて気持ち悪くておもしろくない場所になってしまっていた、ということもありましたね。
堂田 だから、空間がぽっかり空いているところには、“ここは何も置いちゃだめ”とメッセージが表示されるようにしたりして。歩いたうえで、デザイナーから提案があって、それを検討するというプロセスは重要でした。
藤林 「山のシルエットがちょっと……」、「いや、これはこう見えないとダメなんだ」という議論が起きて、うまく両立できるアイデアを考えたり。

――こちらを解決すると、また別の問題が……ということもありそうですね。

堂田 よくありましたね。でも、先ほどお話しした特命会議のテーブルで解決していきました。チーム全体が“オープンエア”な空気ですから(笑)。

――開発チーム内部にも“壁”がないのですね(笑)。

堂田 はい。みんな視点が違うだけで、「最善を尽くしたい」という思いはいっしょでしたから。
――ちなみに、こういったフィールドの制作には、地方ごとに担当を割り振るのでしょうか?
藤林 そうですね。ただ、語弊なく伝えるのは難しいのですが、少ないですよ。そんなにたくさんはいません。

――そうなんですね。たとえば、ゾーラの里担当、ゲルドの街担当といった形で何人かに分けていくのでしょうか?
青沼 何人もいないですね。ほぼひとりがメインで。
藤林 ただ、基本的にはその地方だけで完結させず、別の地方の担当もしてもらうようにして、あえて被らせています。プランナーはもちろん、デザイナー、プログラマーも、ゲームをプレイして自分の担当以外の場所をよく見ているはずなので、別の場所を担当してもらうことで、ほかの地方の文法など、より深く世界を知ってもらうようにしました。地方ごとに文化が違うのはいいんですが、メッセージの書きかたや、NPCのしゃべりかたなどの担当者のクセが偏りとして出てしまうのは、ゲーム全体としてよくないので、共通させるようにしています。

●300人のテストプレイと秘密のプログラム
――ここまでうかがってきた中でも、本作の開発において、テストプレイが非常に重要だったことがよくわかります。テストプレイについては、メイキング動画などで、開発中にスタッフ300人全員がエンディングまでプレイしたことが明かされていて、大きな話題となっていますが、改めてどんな狙いがあって行ったことなのか、教えてください。

青沼 実際に遊んでみると、問題を共有できますし、違う意見が出てきても「なるほど、こういうことだよね?」というのがすぐわかるんです。開発も佳境に入ると、「遊んでいる時間なんてないよ!」という意見も出ましたが、遊ぶことが時間短縮になるのだと、信じてやり続けました。ただ、300人と言っていますが、それは本当に最後の最後のほうです。いつも300人でプレイしていたわけではないですよ(笑)。
堂田 先ほどの望遠鏡の話も、遊んでいるからこそ、必要だというのが確実に理解できたんです。「自分は望遠鏡がゲームでどう役に立ってるか知らないけれど、作るのがたいへんだから削りましょう」となってしまうと、やはりゲームとしての完成度は下がってしまいますよね。

――遊んで理解しているからこそ、皆さんが前向きな発想になれるのですね。

藤林 あとは若いスタッフのモチベーションにも関係しますね。『スカイウォードソード』の反省点のひとつとして、スタッフの人数が多くなると、若いスタッフの意見が上に届きにくくなるんです。今回は、その意見を吸い上げる仕組みとして、ゲームプレイと並行して、専用の掲示板と、全員の動きをモニターできるツールを作りました。

――掲示板とモニターツールですか。それらは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?

藤林 掲示板は、ゲームをプレイして、“いいな”、“よくないな”と思ったことを匿名で書き込めて、ほかのスタッフがルピーで“いいね”を入れる仕組みです。“いいね”が貯まると、ルピーの色が緑から青、赤になるので、チームでいちばん気になっている部分が、ひと目でわかるんです。ただし、ルールがあって、そこで議論はしない。ルピーが貯まっているところを見ると、自分がプレイしていないところでも気になってプレイをするようになって、自然と意見が集まりやすくなりますし、みんながどう思っているかを考えながらもプレイできる。というように、ただプレイするだけでなく、問題の認識などにも役立つので、ひと粒で二度おいしいといった状況になるんです。

――なるほど。それはすごい。では、モニターツールは?

藤林 モニターツールは、ワールドマップで、いま全員がどんなふうに動いているか、記録が取れるものですね。

――それはおもしろそうですね!

藤林 プランナーの席に大きなテレビを置いて、誰が、どんなふうに進行しているか、レベル調整がうまくいっているかを確認していました。
青沼 みんながいちばん死んでいる場所とかも、ひと目でわかるんですよ(笑)。
藤林 そこで、だいたい誰がどんなふうに進むか、想定通りになっているか、難易度調整は大丈夫か、といったを確認していました。

――テストプレイは、どれくらいの頻度で行っていたのでしょうか?

堂田 時期によりますね。半年に1回くらいの時期もあれば、3ヵ月に1回くらい実施していた時期もありました。最初のうちはスパンが長かったですが、どんどん短くなっていきましたね。

青沼 だから僕は、「まだ遊べないのか!?」ってお客さん気分で待っていましたよ(笑)。10回以上クリアーしていますが、本当に毎回、フレッシュな気持ちで遊べるんですよ。遊ぶたびに、「えっ、そんなのもあったの!?」となりますから。ぜひこれを読んでいる方は、何度も遊んでほしいですね。

――たとえばゾーラの里に初めて行くときにも、プレイヤーが取ったルートによって、まったく違う出来事が起きたり。逆に言えば、選択しなかったルートに用意されていることって、そのプレイヤーには見てもらえないわけで、ある意味でムダの多い、非常に贅沢な作りと言えますよね。

藤林 遊びの密度については、非常にこだわって作りましたからね。「こっちには絶対に行かないだろうな」と考えてしまうと、時間的な都合でそこを削ろうとしがちです。でも、サービス業でよく言われる、「キミにとっては1000人のうちのひとりのお客かもしれないが、お客にとってはその1回がすべてなんだよ!」というのと同じなんですよね。そちらのルートに進んだ人に、「何もないなぁ」と感じさせていいのか、と。すべての遊びかたを試して、みんなが同じ楽しさを体験できるようにしないといけないという思いで、その量と密度は譲らなかったです。

――開発者全員のテストプレイは、とても有効な手法だとは思いますが、その仕組みを作るのも、またたいへんそうですね。

藤林 プログラマーに、その種のツール作りが得意な優秀なスタッフがいて、提案すると2、3日で作ってくれるんですよ。サポートツールを作る人も本編で遊んでいるので、ゲームのことをよくわかっていましたし。これも、開発効率がよくなった要因のひとつでした。
青沼 余計な手間をかけないように、プログラマーが道具を全部用意してくれたうえで、前時代的にみんなで遊ぶ。これが今回の『ゼルダ』の正しい作りかただと、最後のほうには確信しました。
藤林 むしろ怒られましたからね。「これはこうしたら、自動化できるじゃないですか!」と(笑)。
堂田 究極を言うと、人間がやらないとできないこと以外は、全部機械がやるべきだというのが、最初の開発指針としてあったんです。逆に人間がやるべきことを機械で行うとおかしくなるので、その線引きにかなり力を入れました。

――いままでの『ゼルダ』では、みんなで遊ぶということはやっていなかったのでしょうか?

青沼 やはりドドーッと開発して、ドドーッと終わってしまう感じでしたね。今回はプレイして、改善点を見出し、ゲームだけでなく開発環境もよくしていこうと意識してやっていたので、いつもと違っていた気がします。以前なら、「納期、納期!」と、余裕があまりない感じで……。
堂田 いや、今回も納期には追われていましたよ(苦笑)。

以下、後編(2017年4月21日夕方公開予定)に続く

※本記事は、週刊ファミ通2017年4月20日号で掲載したインタビューに、大幅に加筆・再編集したものです。

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【開発スタッフ5人に一問一答!】

【青沼氏】
●好きな祠は?
ハユ・ダマの祠
●ハイラルでお気に入りの場所は?
タバンタの塔の上から眺めるオルディン地方。とくに朝方
●所有馬の名前は?
ナバホ(人生初リアルに乗馬体験したときの馬の名前)
●好きなリンクの料理は?
マックス包み焼き肉
●お気に入りの装備は?
英傑の服
●お気に入りの曲は?
カッシーワのテーマ
●攻略順は?
四神獣の攻略をあえて回避して、ハイラル城でボスバトルラッシュをしたのがエキサイティングでした

【藤林氏】
●好きな祠は?
シャオ・ヨの祠
●ハイラルでお気に入りの場所は?
ハイラル城のテッペン
●所有馬の名前は?
うまいちごう うまにごう――職業病ですね(笑)
●好きなリンクの料理は?
魚の塩焼き系全般
●お気に入りの装備は?
ハイラル兵シリーズ 
●お気に入りの曲は?
今回のメインテーマ
●攻略順は?
カカリコ→ハテノ村→ゾーラの里→ゴロンシティ→リトの村→ゲルドの街→ハイラル城

【堂田氏】
●好きな祠は?
モンヤ・トマの祠
●ハイラルでお気に入りの場所は?
東ゲルド遺跡の英雄像越しに見る夕方の空
●所有馬の名前は?
ぶち(いつも最初に乗る馬に乗り続けるため)
●好きなリンクの料理は?
ピリ辛スパイシー焼き肉
●お気に入りの装備は?
“蛮族”シリーズ
●お気に入りの曲は?
ハイラル城の曲
●攻略順は?
ゲルドの街→カカリコ村→ハテノ村→リト→ゾーラの里→ゴロンシティ→ハイラル城(※最後にプレイしたとき)

【滝澤氏】
●好きな祠は?
シ・ジトの祠
●ハイラルでお気に入りの場所は?
カカリコ村の墓地やその上のタロ・ニヒの祠付近から望むハイラル城や平原の夕景
●所有馬の名前は?
原則的に徒歩の旅を楽しむタイプなのでとくに決めてません
●好きなリンクの料理は?
微妙な料理(のアイコン)
●お気に入りの曲は?
神獣クリア後の神獣移動のテーマ、各地の塔でかかる静かな曲
●お気に入りの装備は?
雷鳴の兜、熱砂の肩当て、耐火の石靴のコーディネート
●攻略順は?
まずは言われたとおりの順番で。カカリコ村以降は、道草をたくさんしながら、反時計回り攻略

【若井氏】
●好きな祠は?
キワ・ザタスの祠
●ハイラルでお気に入りの場所は?
環境音が心地よいので、草木があって適度な風がある所であればどこでも
●所有馬の名前は?
【ちゃぶち】とか【しろ】とか、見た目で付けてます
●好きなリンクの料理は?
5個のリンゴを直火で焼いたとき、連続とポンポン焼き上がる音が気持ちよくて好きです
●お気に入りの装備は?
忍びシリーズ(足音がちょっと変わります)
●お気に入りの曲は?
フィールドの戦闘曲
●攻略順は?
カカリコ村→ハテノ村→ゾーラの里→ゴロンシティ→リトの村→迷いの森に行ったり気が済むまで寄り道→ゲルドの街→ハイラル城

最終更新:4/20(木) 18:02
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