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JAL、東京~モスクワ線開設50周年を記念し、アエロフロート・ロシア航空とともに成田空港で記念セレモニー

Impress Watch 4/20(木) 18:07配信

 JAL(日本航空)は4月20日、1967年4月の東京~モスクワ線開設50周年を記念したセレモニーを成田空港第2ターミナル3階のSKYRIUM(スカイリウム)で実施した。当時の共同運航会社であったアエロフロート・ロシア航空の日本・オーストラリア支社長やCA(客室乗務員)らも来賓として列席。成田空港での使用ターミナルはJALが第2ターミナル、アエロフロート・ロシア航空が第1ターミナルと分かれており、ターミナルの垣根を越えての参加となった。

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 東京(当時は羽田空港)とモスクワ(シェレメチェボ空港)とを結ぶ路線は、1967年4月17日にモスクワ発便、4月20日に東京発便の定期便初便が運航された。モスクワに行くには、それまで西欧や中近東を経由して、乗り継ぎ時間を除いても19時間30分ほどかかっていたものが、直行便の開設によりモスクワ発便が10時間35分、東京発便が11時間25分へと短縮。

 さらに、1967年の路線開設当時は、日ソ共同運航という形で、JALとアエロフロートの共同運航便としてスタート。機体はアエロフロートのツポレフ Tu-114型機を使用し、運航はアエロフロートのパイロットが務めた。客室においては、両社各5名のクルーによる混成チームが機内サービスを担当。JALのCAは着物サービスを実施したほか、モスクワ発便ではロシア風牛肉煮込み料理、日本発便では神戸ビーフのステーキを提供するなど、それぞれのお国柄を表わしたものだったという。

 使用機材であるTu-114型機は、二重反転プロペラを搭載したターボプロップ機で、ファーストクラス(1等)が44席、エコノミークラスが72席の計116席。主翼を機体の低い位置にレイアウトするデザインであることからランディングギアが長く、通常のタラップでは届かないため、専用のタラップを羽田空港に空輸して対応したという。さらに、この運航で用いられたツポレフ Tu-114型機には、ノーズ近くにJALのロゴもペイントされていた。記念セレモニーでは、これらの写真やモデルプレーンも展示された。

 その後、1969年には機材がTu-114型機から、イリューシン IL-62型機へ変更。1970年3月28日からはJALがDC-8-62型機を用いて自主運航を開始。1978年の成田空港開港に合わせて、日本の発着地も羽田から成田へ移管。2007年12月14日には、モスクワへの乗り入れ空港をシェレメチェボ空港から、ドモジェドボ空港へ変更している。

 現在は成田~モスクワ線にボーイング 787-8型機(SS8)を使用して、週5便(月・水・金・土・日曜)を運航しているが、7月1日から10月28日はデイリー運航へと増便。10月29日からの冬期スケジュールにおいても、週4便と前年より1便多く運航する予定になっている。

 セレモニーで挨拶したJAL代表取締役専務の大川順子氏は「東京~モスクワ線は、日露関係の将来性、重要性を考えながら50年間、運航を続けてきた。この1月には両国のビザ発給要件が緩和されたこともある。今後、ますます日露間の交流需要が高まっていくと考えている」と述べ、増便の内容を紹介。

「私も1980年代に数年間、モスクワ線に乗務した。眼下に広がる壮大な景色や、移りゆく季節は今も心に残っている。今後も。日露の架け橋として、安全運航を基盤に、最高のサービスをお届けできるよう社員一同務めていく」と述べた。

 セレモニー後の囲み取材では、7月1日からのデイリー運航を「かなりのチャレンジ」と表現しつつ、「ビザの発給要件緩和もあって日本からの旅客数が1.5倍、入国のお客さまも1.3倍なっていると聞いている」と説明。予約も順調で、外国人の乗客比率は3割程度と、まだまだ日本人の方が多い状況ではあるが、外国人も増加傾向にあるという。

 また、2016年5月の日露首脳会談で日本側から提案した、日露の経済交流拡大に向けた8項目の協力プランの8項目めに掲げられている「人的交流の抜本的拡大」に対しては「具体的に申し上げられることはないが、長期間ロシアとの架け橋をしてきた。ロシアからのお客さまも増えており、経済交流でも文化交流でも架け橋になれることがあれば、エアラインだからこそできることを考えたい」とコメントした。

 続いて挨拶した国土交通省 東京航空局 成田国際空港長の木村茂夫氏は、「さまざまな苦労を乗り越えて、路線を開設し、今日まで運航を維持し、(7月からは)デイリー運航になるまで発展した」と関係者への敬意を表明。加えて「2016年のロシアから訪日旅客数は約5万5000人、ロシアを訪れた日本人は2014年に約10万5000人ほどとなっており、どちらも最近は増加してきている。日本とロシアの経済力や地理的な関係などを考えると、さらに多くの人が往来する需要があるのではないか」と述べ、成田空港の機能拡張なども要因に含めた日露間の航空需要の拡大や、両国間の経済活性化、相互理解の促進につながることに期待した。

 アエロフロート・ロシア航空 日本・オーストラリア支社長アレクセイ・スシュコ氏は、この路線開設を「日露間の関係発展に大きな影響を与え、航空業界の歴史に残る出来事。東京からモスクワへの路線はシベリア横断ルートの先駆けとなり、より早く、快適かつ安全に空の旅をご利用いただけるようになった」と説明。JALとアエロフロートによる日ソ共同運航だったことについて「これは当時世界で類を見ない新しい形の共同運航だったが、日露両国の航空会社は互いに協力し合い、大きな成功を収めた」と語った。

 セレモニーではその後、日本で唯一というロシア人から成るプロのロシア民族音楽舞踊アンサンブル「ガルモーシカ(GARMOSHKA)」のアンドレイ・オルロフ(Andrei Orlov)氏とヴィクトリア・ポノマレンコ(Victoria Ponomarenko)氏が、2人の恋愛模様を表現する田園の恋物語と、ロシアで有名な曲の1つであるカリンカの2演目を披露。

 最後はJAL、アエロフロート・ロシア航空それぞれの50年前の制服と現在の制服を着用したCAらも参加して記念撮影が行なわれ、セレモニーを終えた。

トラベル Watch,編集部:多和田新也

最終更新:4/21(金) 12:22

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